敬老の日

ジョリフェリ4

「バンビーナ、知ってるか? 今日はジャッポネで敬老の日って言うらしいぜ」
「敬老の日?」
突然の話に首を傾げると、デビトはつっと唇をつりあげた。

「つまりは年長者を敬う日、ってやつだ。バンビーナには敬う相手がいるだろ?」
「敬う相手……年長者……パーパとマンマ?」
「いやいやいや、それはとりあえずおいといて」
「?」

敬う年長者と言えば真っ先に浮かぶ相手だろうが、本当の意味を知るマンマの耳に入ったら確実にデビトは恐ろしい罰を受けるだろう。

「バンビーナには他にも敬う相手がいるんじゃねえか?」

「ダンテとか?」

「おいおい……自分の恋人を忘れてるぜ?」
言われ、初めてジョーリィのことを思い出す。

「年長者……そうだね」

年齢不詳とはいえ、自分やデビトより遙かに年上なことは確か。
うんと頷くと、フェリチータは礼を述べて駆けだした。
その姿を見送ったデビトがくっくと肩を揺らしていたのは知る由もない。

 * *

コンコン。
ドアをノックする音に、ジョーリィはつ……と視線をドアへ向けた。
この部屋を訪れる者は限られている。

「お嬢様か……入りたまえ」
入室を許可すると、現れたのは予想通りフェリチータ。

「君はタイミングがいい。ちょうど研究が一段落ついたところだ。コーヒーを淹れてやろう。そこに座るといい」
「私がやる」

立ち上がってコーヒーの準備をしようとするジョーリィを慌てて止めるフェリチータに、くっと眉をつりあげた。
常ならばここはジョーリィの部屋であるということもあって、フェリチータが用意をすることなどない。
それが今日に限ってやりたがるのはなぜか?

「……ではお任せしようか。ああ、その辺りの器具には触れないように」
「うん」
素直に頷くと、フェリチータは慎重にコーヒーの用意だけをして戻ってきた。

「はい。砂糖の量がわからないから自分で入れて」

ダンテやリベルタが噴き出すほどの甘党のジョーリィに、フェリチータは二匙自分のカップに入れると砂糖を差し出す。
山盛りで何匙も投下される砂糖を、じっと見つめた。

「――それで? どうして今日に限って君が支度をしたがったのかを教えてもらえるかな」
「敬老の日だから」
「………は?」

フェリチータの返事に、ずるっとサングラスがずれる。

「今日はジャッポネでは敬老の日と言って、年長者を敬うんだってデビトにさっき教えてもらったから」
「そういうことか……」

普段から『ジジイ』と呼ぶデビトの子供じみた嫌がらせ。
フェリチータを使うところがまた小賢しく、ジョーリィはサングラスの奥の目に剣呑な光を宿した。

「ジョーリィ?」
「君は敬老というのがどういう字を書くのか、わかっているのか?」
「字?」

言われ、考える姿からまったく考えてもいなかったことが伺い知れた。

「敬老とは老いを敬う……つまり老人を敬う日だ」
「!!」
 指摘に驚くフェリチータに、ジョーリィはクッと小馬鹿にした笑みを浮かべた。

「つまり君は恋人を老人とみなしている、ということだ」
「ち、違う!」
「君がここに来たのは老人を敬うため、だろう?」
「…………っ」

デビトの軽口に知らず乗ってしまっただけだと知りながら責めれば、素直な少女は申し訳なさげに俯いた。
その姿にチリ……と胸の奥が焦れて、ジョーリィは舌打った。
以前ならば相手の言質をとってやりくるめることに何の感慨も抱きはしなかった。
けれども目の前の少女にだけはそうもいかず、コーヒーを飲み干すとその名を呼んだ。

「フェル、こちらにおいで」

伏せていた瞳が向けられ、ゆっくりと椅子から立ち上がり歩いてくる。
手が届く位置まで来たところで腕を引くと、華奢な身体はあっさりと膝の上に転がった。

「君は年長者を敬うというデビトの言葉を信じここに来ただけで、私を老人だとは思っていない……これはあっているか?」

「うん。ごめんなさい……」

「大方モンドやスミレはデビトが阻止したのだろう?」

親馬鹿のモンドはともかく、スミレが老人扱いされて許すとは到底考えられない。

「どうしてわかったの?」
「お子様の考えそうなことだからな」

同じ理由でダンテも無視させ、ジョーリィへと目が向くように仕向けたのだろうことは容易に想像がついた。

「それでは……君には傷ついた恋人を労わってもらおうか」

「え?」

「私は君に老人扱いされてひどく気分を害した。その代償を求めるのは当然だろう?」

「うん……どうすればいいの?」

「そうだな……まずは私は君の恋人なのだと証明してもらおうか」

「え?」

「キスを君からしてもらおう」

「!!」

「嫌とは言わないだろう?」

今までフェリチータからジョーリィにキスをしてきたことはない。
ちょうどいいだろうとねだると、フェリチータは顔を真っ赤に染めて目を泳がせた。
それでも自分に非があることはわかっているらしく、少しの逡巡の後迷いを振り切るように身を乗り出した。
触れる、唇。 ただ重ねただけのその行為が終わる前に、後頭部を掌で押さえ深く貪った。

「……っ……ふぁ…ん」
「キスとはこういうものをいうんだよ。フェル?」

一瞬離して告げると、再び柔らかな唇を食む。
そうして自らやってきた小鳥は甘く囀らされたのだった。
後日、デビトが口では言い表せないほど陰惨な嫌がらせを受けたことは言うまでもない。
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