腕にしがみついたら

ジョリフェリ23

「……なんのまねだ?」
「三日前に言った」

特製の葉巻を懐から出して咥えようとした途端、腕にしがみつかれたジョーリィは迷惑だと全身で示すが、それに負けずにフェリチータも己の要望を譲らず。
ジョーリィは苛ただし気に記憶を遡ると、フェリチータの話を思い出した。

「……君も懲りないな」
「ジョーリィこそ自分のことなのに」
「言ったはずだ。容姿が不変になると年を重ねることに実感がわかないと」
「それでも、誕生日はお祝いするよ」

本人が気にも留めないこの日を必ず祝ってくれたのはモンドで、今は父親に負けないとばかりに競うようにやってきて、誰よりも先にフェリチータが祝っていた。
食べることへの執着もなく、興味はもっぱら研究とあっては祝うことも難しいというのに、彼好みに甘く仕上げたケーキと誕生日のプレゼントを用意するのは、夫婦となってからも変わらない光景だった。

「手が離せないものじゃないんでしょ?」
「強引だな」
「ジョーリィがいらないなら、ルカにケーキを差し入れる」
「…………」

無言で扉に向かう様は、今でもルカにやきもちめいた思いがあることの証で、くすりと微笑むと不機嫌に歪んだ眉にへそをまげられないように、その手を引いて別室へ移動する。
セッティングしておいたカッフェを注ぎ入れると、大匙で砂糖を投入してテーブルの上に並べる。
蝋燭はおおよそ四十代ということで四本だけ立てておいたので、火をつけると改めてジョーリィに向き合った。

「ブォン・コンプレアンノ、ジョーリィ」
「……ああ」

いまだにこうして祝われることに慣れないらしいジョーリィの無愛想な返事にも気分を害することなく、蝋燭を取り除いて切り分けると、彼の前にお皿を置いて頬へ親愛のキスを贈る。

「――フェル、言ったはずだ。君のキスが贈られる場所はここだと」

離れかけた身体を引き寄せると、強引なふるまいに反し柔らかく重ねられた唇に、フェリチータも同じく返す。
夫婦となった今も、やはり自分からこうしてキスをするのは恥ずかしく、ついルカやパーパに贈るようにキスをするとすぐに修正されてしまうのは、彼がフェリチータの唯一の人だという独占欲の表れだった。

「今年は……これにしたの」
「ペアリング……いや、マリッジリングか」
「うん」

ジョーリィの視力が失われていた頃、愛の証として四つ葉のクローバーを贈っていたので、視力が回復した後もあえてマリッジリングをしようとは思わなかった。
けれども今、それを贈ったのには理由があった。

「――ここに、新しい命がある」
「――!」

彼の左手薬指にリングを通して、その手をお腹にあてると、びくりと強張る身体。
視力が失われていた時は、頑なに性行為を拒み、フェリチータの欲求に折れた後も避妊は必ずしていた。
だから、今宿った命は彼も了承の上の二人の愛の証。

「パーパとマンマだね」

ふわりと微笑めば、言葉を失っていたジョーリィが視線を合わせる。
強張っていた身体から力が抜け、瞳に宿るのは焦燥でも後悔でもなく……ルカやエルモに向けられたことのある数少ない『父親』の色。

「……君も物好きだな」

素直じゃないジョーリィの言葉に微笑むと、その肩に寄りかかって身を寄せる。
決して拒絶されないのは彼がフェリチータを愛しているからで、確かな愛情があることを知っていた。

「外回りの仕事は禁止だ」
「わかった」

本当は仕事に支障はきたしたくないが、皆に気遣わせるのも申し訳なく素直に頷く。
ファミリーの一員として働くことは好きだが、こうして愛する人の子どもを宿し、育てることを選んだのは自分。
それにこの子もまたやがてアルカナ・ファミリアの一員となる大切な命なのだから。

「モンドやスミレには伝えたのか?」
「まだ」
「……モンドが騒ぎそうだな」
「大丈夫。マンマがいるから」

妻命、娘命のモンドの騒ぐ様が浮かんで眉をしかめるジョーリィに微笑み、腕を絡める。
そうしてもう一度キスを交わすと、ひと騒動を覚悟して現トップの元へと歩き出した。
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