言祝がれる日

ジョリフェリ22

「なんだ? また研究か?」
「……モンド。用件は何だ?」

邪魔だという空気を隠そうともしないジョーリィに、しかしモンドは意にも介さず勝手に机に酒と食べ物を並べ始めた。

「何の真似だ」

「お前というやつは、本当に自分のことには無頓着だな。今日が何の日かまた忘れたのか?」

「…………………気に留める必要もないだろう」

3月8日。ジョーリィの誕生日。
本人さえ気にも留めないこの日を覚えているのは、モンドただ一人だった。
祝いなど不要だというジョーリィの言葉を毎回無視し、研究中だろうとお構いなしにやってきては、好んで口にしたいとは思わない酒や食べ物を勧め言祝ぐ。
そのありがた迷惑な押しかけを拒まないのは、ひとえにジョーリィが唯一のものと定めているモンド故だった。

だがその二人だけの誕生日も、数年前から様相が変わった。
モンドより真っ先に言祝ぎに駆けつけるのはフェリチータ。
父であるモンドと同様に、お祝いの品と称して持ち込まれた数々の品をテーブルに並べては、問答無用にジョーリィを言祝ぐ。
そこが研究室だろうとお構いなしの行動に折れたのはジョーリィ。
不用意に実験器具に触れられないため、というのが理由だったが、結果として彼女の行動を容認したに他ならない。

「私も丸くなったものだな……」
「ジョーリィ?」
ケーキに蝋燭をたてていたフェリチータが、呟きを耳に振り返る。

「……自ら作ったケーキを壊すとは、君も変わった趣向をお持ちのようだ」

「そんな趣向持ってない。だってルカのパーパなら40はいってるでしょ?」

モンドと出会った時、すでに唯一の肉親であった祖父を失い、生きるすべさえ失いかけていたジョーリィには生き死に以外重要なものなどなく、祝うものさえ存在しなかった暮らしの中で誕生日などという概念は綺麗に消え去っていた。
だから彼自身、自分の正確な年というものはわかりようもなく、さらに錬金術の実験で不老となった身には外観的な年齢も感じられなくなっていた。
そんな彼にフェリチータが用意した蝋燭は40あまり。

「そのまま火をつけるのは無謀だと忠告しておこう。お嬢様の失火で館が消失など、笑える話じゃないと思うが?」

原型をすでに失っているケーキによくぞそこまで蝋燭を突き立てたものだと、逆に感心したくなるほどだったが、さすがにこれで火をつけるなどというのは無謀以外の何物でもない。
相談役としてそれを見逃すわけにもいかずに告げれば、さすがのフェリチータも己の成したことのその後を想像できたのか、わかったと短い了承の声が聞こえた。

「はい」

カットされ、差し出されたたケーキに立てられているのは1本の蝋燭。
原型をとどめないほど崩されたケーキに、それでも蝋燭を立てることにこだわるのは少女的思考故なのだろう。
外観的には十分成人した存在だというのに、いまだあどけなさを宿す様はアンバランスだ。
けれどもそれさえも彼女の魅力となりえてしまうのだから感嘆ものだ。

「これを吹き消せと?」
「うん」

見えないことを理由に拒絶することはもうできない。先日、息子たちによって失われていた視力は戻ったのだから。
だがケーキの蝋燭の火を吹き消すという行為は、一回り以上年上である自分にはあまりに不似合いな……デビトあたりに見られたらここぞとばかりに馬鹿にされるであろう滑稽な光景だと想像できた。

「私を言祝ぐのなら、これよりももっと有効な策があると思うが?」
「なに?」

気を他に逸らすと、あっさり食いついたフェリチータに微笑して。特製の葉巻に火をつける。

「私はまだ一度も君がベールをかぶった姿を見ていない。よって君がとるべき最善の策は、視力の戻った婚約者に再度求婚すること、だ」
「あ」

ジョーリィと結婚式を挙げるまではかぶらないと、頑なにその前にかぶることを拒否してきたフェリチータ。
けれどウィルの制裁で視力を失い、さらにタロッコを封印する際の呪いともいえる爪痕に苛まれ、弱っていくジョーリィを前に決断したのは、彼の花嫁になって一生傍にいることだった。
その決意を、彼から贈られたベールをかぶり求婚することであらわした。

「待ってて」
身を翻すと慌ただしく部屋から出ていくフェリチータ。
再び戻ってきた彼女の手には、ジョーリィが贈った白いベールとクローバーの指輪があった。

「クッ……いいのか? その時が来るまでかぶらないと、私がいくら乞うても頑なに拒んでいたと思ったが」
「もう私はジョーリィの花嫁だから」

式こそ挙げてはいないが、あの時交わした約束は有効。
そう告げるフェリチータに唇をつり上げると、葉巻を灰皿に押しつけ向き直る。

「フェルの赤い髪には白いベールがよく似合う。想像通り……いや、想像以上だな」

このベールを彼女に贈ろうと決めた時から、かぶった姿を見たいと思っていた。
だが視力が失われたことによってその願いは叶わないだろうと、そう思っていた。

「私はジョーリィのもの。ジョーリィは私のもの……でしょ?」
「ああ。そうだな」

つ……と顎を持ち上げると、柔らかな唇に口づけて。
対のペリドットを覗き込む。

「自分だけの王子様とは出会えたのか? 夢見るお姫様」
「……うん。少しひねくれた王子様だけど」
「クックックッ……それは結構」

ほんのりと頬を染め、嬉しそうに微笑む彼の花嫁をその目に焼きつけるように見つめると、もう一度誓いのキスを交わした。
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