揺らぎ

ジョリフェリ21

【A】
繰り返される発作。
その度に、フェリチータは心臓が止まるような心地を味わう。
そんな彼女にジョーリィもルカも大丈夫だと、安心させるように告げてくれる。
このままじゃダメだって、しっかりしなくちゃいけないんだってわかっているのに。
あの時誓った想いは真実。今も揺らぐことはない。

『この先、いかなる時も、共に歩み、死が――』
「…………っ」

びくりと、震える身体。
死。その言葉がこんなにも心を締めつける。

「フェリチータ?」
「マンマ……」
「……ドナテラが市場で抹茶を見つけてきてくれたの。一緒に飲みましょう。ね?」
「…………」

バラ園にやってきたスミレは、フェリチータの姿を見ると何も聞くこともなく、お茶へと誘う。 その誘いに力なく頷くと、導かれるまま彼女の部屋に足を運んだ。
そうして目の前に置かれたカップを受け取ると、心につもった不安が口からこぼれ落ちた。

「……マンマは……パーパの余命のことを知った時、どうして笑顔を忘れずにいられたの?」

アルカナ・デュエロの時も、それ以降も、ずっと命の期限をつき続けられていた父。
けれども母も父も、決してファミリーの皆の前では泣きごとを言わず、いつも微笑みを絶やさなかった。

「モンドを愛しているからよ」

「!」

「たとえ今ここで命が尽きても悔いることのないように、共にいるこの時を大切に過ごしたい。……あなたはそう思わない?」

「……私もそう。ジョーリィと一緒にいるこの時を大切にしたい」

 でも、怖い。もしジョーリィが死んでしまったら……そう考えると怖くてたまらなくなるのだ。

「フェリチータ。あの時に聞いたわね? あなたはどうしたいのかしら、と。
ジョーリィが受けたダメージはあなたが知っている通り、とても重いわ。
失われた視力もそうだけれど、タロッコの呪いの爪痕がジョーリィの心身を蝕み、いつその生命の灯火を奪うかわからない。
……それでも決断したのでしょう? ジョーリィの傍にいると」

「あの時決めたことを後悔してるんじゃない。もしもう一度同じ決断を迫られても、私は同じ道を選ぶ」

そう、この先ジョーリィの目に光が戻ることはなくても。
元のように歩き、生活ができなくても。
それでも傍にいたい。
一生、彼と共にいたい。

「フェリチータ……」
優しく抱き寄せる腕。

「それでも怖いのよね。……愛する人を失うかもしれないことが」

「…………っ」

「誰だって身近な人の死は怖いわ。それが大切な人ならなおさら。……でもね、それでもあなたには笑っていて欲しいの。ジョーリィの未来を灯す篝火となるように」

「篝火……」

「あなたが不安であるように……ジョーリィも不安を抱えているわ。
あなたがどんなに泣いても突き放すべきだったんじゃないか…たえずその想いが消えないはず」

「私は……っ」

 スミレの言葉に言いつのろうとしたフェリチータを制して。
にこり、と微笑みかける。

「それがあなたの答え。そうでしょう?」
「マンマ……うん」

ジョーリィにどんなに拒絶されたとしても傍にいると、いたいのだと、彼に想いを告げ、プロポーズした。
それがフェリチータの真実。

「ジョーリィのところに行くの?」
「うん!」
「まあまあ……ふふ、いってらっしゃい」
「マンマ、聞いてくれてありがとう」
「いいえ。あなたが私の娘でよかった」
「私も、マンマが私のマンマで良かった」
「ジョーリィにあなたを長く拘束していたと怒られてしまうわね。いってらっしゃい」

優しく送りだす母に感謝しながら、フェリチータは駆けていく。
彼女が誰よりも愛するひとの元に。

「……遅い」
「私が来るのが待ち遠しかった?」
「……そうだな」
「え?」
「フッ……冗談だ」
「……もう!」

思いがけず素直な返答に焦るも、からかわれたと知ってフェリチータは眉をつりあげた。
それでも。

「そろそろ新しいのをまた作るね」
「君の束縛の証、か」
「いや?」
「いいや……謹んでお受けしよう。私の花嫁からの贈り物だからね」
「うん」

あの日贈った四つ葉のクローバーは、今もジョーリィの左手の薬指にある。
あの後、ちゃんとした指輪を用意すると言ったのに、ジョーリィは首を縦には振らなかった。
だからこうして何度となく新しいものを作って贈り続ける。
永遠の誓いを違えぬように。

「ジョーリィ、カッフェは?」
「必要ない。それより、ここへ……」
ジョーリィの招きに傍に立つと抱き寄せられて、腕の中に囚われる。

「君が仕事に行っている間、大人しく待っていたんだ。ご褒美をもらっても許されるだろう?」

「私が仕事を疎かにしたら怒るくせに」

「クックッ……答えは?」

「いいよ。私も『ジョーリィのもの』だから」

四つ葉のクローバーの花言葉は【幸運】、そして【私のものになって】。
その願いをジョーリィは叶えてくれたから、フェリチータもまた彼のもの。

「…ん……」
触れるぬくもりが優しくて、愛おしくて、もっと触れていて欲しいとジョーリィの唇を追う。

「……クッ……これではどちらのご褒美かわからないな」
「……いや?」
「いいや……」

不安げな声音に微笑むと、その先の言葉を封じるように唇を食む。

「……フェル、君の望むままに」



【B】
繰り返す発作。
その度に不安に揺れるペリドットの瞳に大丈夫だと笑いながら、たえずめぐる想いがある。
突き放してもなお自分を求め、契約を求めた少女。

視力を失い、命さえいつ尽きてもおかしくない。
長らえたとしても五体満足でいられるかもわからないこんな男を、それでも一緒にいたいのだと、フェリチータは求めた。
突き放すべきだった。
一度でダメなら何度でも……それが彼女のためであることはわかっていた。
それでも、四つ葉のクローバーで編んだ指輪を捧げ、自分のものになって欲しいと乞う少女の手を振り払えなかった。
振り払いたくなかった。 愛おしいと、そう想う者だから。

今までジョーリィは自分の行いを悔やんだことはなかった。
自分が選んできたこと、それに伴うものはすべて責を負う。
その覚悟を持っていた。
だからこそ、他人から見たら悪魔の所業といわれることもやってきたし、それに対し悔やむこともなかった。
自分が決めて、それに対してどう思われようと、望む結果を得るためなら苦でもなんでもなかったからだ。

ジョーリィが自らの所業を悔いたのは二度。
一度目は、フェリチータが未熟な状態で運命の輪を使い、記憶を失った時。
そして二度目は現在。
冷静な判断を下す自分は、今からでもフェリチータの手を放せと告げる。
だが、それを許さないと、拒む自分が彼女を放さない。
エゴだと言われようとも、それでも彼女を欲し求める。自分の中に生まれた強い、欲。

手をあげても、この瞳に映すことはない。
そのことを後悔することもない。
ただ一つあるとすれば、それはヴェールを纏った彼女を見れないこと。
それでも、この手はまだ温かく、彼女に触れることができる。
不安に揺れ動く彼女を抱きしめ、キスをすることができる。
それが、今自分に出来るすべて。
捧げられたものに見合わない対価。

「ジョーリィ? どうかしましたか?」
「……ずっと寝ていて身体が痛い。クッションをよこせ」
「あなたはまったく……わかりました。今、持ってきます」

ジョーリィの要望に、ため息をつきつつも従うのは彼の息子。
何をするにも人の手を借りなくてはならない。かつての自分なら、決して受け入れはしなかっただろう状況。
それでもここに存在しているのは、ただ一人のため。
フェリチータ。愛おしい少女故。

たたた……と、軽やかな足音が耳に届く。これはジョーリィが誰よりも求める存在のもの。
がちゃ、とドアが開くと同時に「遅い」と呟くと、くすくすと笑いと共に返る返事。

「私が来るのが待ち遠しかった?」
「……そうだな」
「え?」
「フッ……冗談だ」
「……もう!」

コロコロと変わる声音は彼女そのもの。
表情豊かで、幼く、愛おしい。

「そろそろ新しいのをまた作るね」
「君の束縛の証、か」
「いや?」
「いいや……謹んでお受けしよう。私の花嫁からの贈り物だからね」
「うん」

愛しげに添えられた掌。
そこに飾られているのは、あの日彼女から贈られた四つ葉のクローバーで編んだ指輪。
あの後、フェリチータはちゃんとした指輪を用意すると言ったが、ジョーリィは首を縦には振らなかった。
どんなものもあの日贈られた指輪にかなうものはない。だから他を受け取る気はなかった。

「ジョーリィ、カッフェは?」
「必要ない。それより、ここへ……」
ジョーリィの招きに近寄る彼女を抱き寄せて、腕の中に捕える。

「君が仕事に行っている間、大人しく待っていたんだ。ご褒美をもらっても許されるだろう?」
「私が仕事を疎かにしたら怒るくせに」
「クックッ……答えは?」
「いいよ。私も『ジョーリィのもの』だから」

四つ葉のクローバーの花言葉は【幸運】、そして【私のものになって】。
フェリチータの願いがこめられた指輪を受け取った時から、ジョーリィは彼女のものだった。

「…ん……」

触れるぬくもりが愛おしくて、もっと触れていて欲しいとジョーリィの唇を乞う姿が愛らしくて笑みがこぼれる。

「……クッ……これではどちらのご褒美かわからないな」
「……いや?」
「いいや……」

不安げな声音に微笑むと、その先の言葉を封じるように唇を食む。

「……フェル、君の望むままに」

フェリチータの願いをかなえること、それがジョーリィの願いをかなえることでもあるのだから。
そう、キスを交わしながら、愛おしい存在を抱き寄せた。
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