「はい」
差し出された菓子に、ジョーリィは手にしていた書類から目を離さずに冷ややかにフェリチータに言葉を投げかけた。
「遊びたいのなら他所に行ってもらおう」
「ジョーリィ、甘いものは好きでしょ?」
「脳がグルコースを求めている時はな」
「今は?」
「必要ない」
無碍な物言いに、フェリチータは受け取り手のないポッキーを見つめる。
今日はポッキーの日だそうですよ――そんな話をルカから聞いたのは、用意されたドルチェが見慣れぬ菓子だった時。
『1が並ぶことが由来だそうですが、他にも1年で1度同じ数字のペアが重なる日であることから、恋人の日とも呼ばれてるそうです』
確かに細長い菓子は数字の1に似ていなくもない。
昨今、商戦もかねてか、こうした語呂合わせのような記念日は多く、ふぅんとフェリチータは外国の菓子だというそれを手に取ると、口に運んだ。
ぽり。簡単に折れる様はあまりにも頼りない。
こんなに脆いものと、恋人の絆が同じ日なのはどうだろう? などと思いながら、ふとジョーリィを思い出した。
(ジョーリィも甘いものは嫌いじゃないよね)
食に執着のない彼女の恋人も、甘いものだけは好んで口にする。
そのことを思い出し、ルカにポッキーを分けてほしいと頼んだ。
ジョーリィにもあげるというと、さすがにいい顔はされなかったが、それでもきちんと小分けしてくれ、フェリチータはそれを手土産に相談役執務室を訪れた。
だが、彼はこの菓子に興味を抱かず、仕方なしに自分で食べることにした。
「用事が済んだのなら、出て行ってもらおう」
「用事は済んでない」
「君の用事は、ここでその菓子を食べることか?」
「ジョーリィに食べてもらおうと思ったけど、興味がないみたいだから」
「だったら持ち帰って、自分の部屋で食べればいい」
「それじゃ意味がない」
珍しく研究ではなく、相談役としての雑務をしていたところのフェリチータの訪問に、ジョーリィは書類を置くと、取り出した葉巻に火をつけた。
「相談役の仕事を邪魔してまで、ここでその菓子を食べることがそんなに重要か?」
サングラスの奥で嘲れば、フェリチータが黙り込んだ。
「……馬鹿馬鹿しい。記念日など製菓会社が商戦のために設定したに過ぎないことはわかっているのだろう?」
「ジョーリィ、知ってたの?」
「邸に大量に届けられていたからな」
イベント好きのモンドがどこから聞きつけたのか、ポッキーのことを知り、わざわざ取り寄せた。
だからこの珍しい菓子は、ファミリー内にあったのだ。
「でも、みんなが食べているのを見てない」
「早々に処分したからな」
驚き見上げるフェリチータに、ジョーリィは立ち上がると彼女の持っていたポッキーを1つ手に取った。
「そんなにこの菓子を俺に食べさせたいのなら、正式な食べ方をさせてもらおう」
「正式な食べ方?」
そんなものがあるの? と小首を傾げるフェリチータに、ポッキーを咥えさせると反対側から食んでいく。
「!」
「……こうして両側から食べていき、キスを交わす……それがこの菓子の食べ方らしい。ふっ……フェルはそんなに俺とキスしたかったのか?」
「ん……ん……ふぅ、ん……」
一気に食べて飲み込むと、その先にある唇を食んで、慌てる舌を絡めとって、より深く味わって。蕩けた顔を満足げに見下ろすと、耳元に甘い誘惑を一つ。
「食べさせてくれるのだろう?」
差し出された菓子を受け取る――それが了承。
甘い、甘い恋人の日は、甘い菓子と赤い髪の女によって、より甘く過ぎていった。