ベッドに横たわっていたフェリチータは、風の音にびくりと身を震わせた。
ルカが就寝の挨拶をして出ていったのは一時間ほど前。
普段ならもう眠りについているところなのに、日中に聞いた話が悪かったのか、些細な物音が妙に気になって眠れずにいた。
「だめ……」
いくら寝ようとしても睡魔は訪れてはくれず、フェリチータは諦めて身を起こした。
眠くなるまで本でも読んで過ごそうか?
そう思った瞬間、風で揺れた窓にびくりと身をすくめてしまう。
怪談が怖くて眠れないなど子どものようだと笑うものもいるだろう。
けれど、フェリチータは昔からそういった類が苦手なのだ。
一瞬、恋人の姿がよぎるが、すぐに頭を振って打ち消した。
思い出されたのは、先日の出来事。
夜分、ジョーリィの元を訪れたフェリチータに、彼は警告をこめてちょっとした悪戯を彼女に仕掛けてきた。
その時、初めてジョーリィに対して恐れを感じた。
それは女が男に抱く、生理的なものだった。
「ルカ、起きてるかな……」
いまだに兄のように慕っている彼に頼るのは情けないが、恐怖心は振り払えず、ベッドを抜け出すとそっとドアを開けて廊下に出た。
真夜中ということもあって館の中はシン……と静まり返り、昼間の賑わいの陰はない。
物音をたてないよう、普段よりも静かに歩いていると、ふと後ろに人の気配を感じ、反射的に蹴りを繰り出した。
「いきなり蹴りとは……お嬢様はずいぶんと勇ましいようだ。ルカの躾が甘かったか……クッ」
「……ジョーリィ! いきなり後ろに立たないで!」
「私はただ、こんな真夜中に出歩いている不用心なお嬢様を心配して声をかけただけだ」
「…………っ」
ジョーリィの言葉に、しかし反論することも出来ず、フェリチータはぎゅっと唇を噛んだ。
「それで、お嬢様はこんな時間にどこにお出かけかな?」
「……ちょっとルカのところに行こうと思って」
「……ルカのところ? 真夜中に従者に何の用があるというんだ?」
「……………」
日中に聞いた怪談が怖くて眠れないなどと告げれば、まだまだ子どもだと嘲笑われるだろう……そう思い答えられずにいると、ぐっと腕を掴まれた。
「私には答えられない用なのか?」
「ジョーリィ?」
掴まれた腕の痛みに見上げると、そこには苛立ちを宿した紫の瞳。
「……君はこの前の警告がまだ理解できていないと見える。こんな時間に男の部屋を訪れたらどうなるのか……身をもって教えなければ分からないようだ」
「……ルカはジョーリィみたいなことはしない」
「はっ……ずいぶんと信頼している。だがあいつも男……そんなあられもない姿をした君がこのような時間に訪ねてきたらどうなると思う?」
ぐっと間近に迫った顔に、驚く間もなく奪われた唇。
抗議は、しかし腕一本に抑え込まれ、振り払うことも出来なかった。
「は……ぁ……っ」
「……これでもまだ大丈夫だと、君は言うのか?」
「…………っ」
「……大方、日中アッシュから聞いた話で眠れないのだろう?」
「……! どうして知って……っ」
「私が恋人のことを気にかけない冷たい男だとでも思っていたのかね? くっくっ……つれないお嬢様だ」
まさかジョーリィが見ていたとは露知らず驚くも、フェリチータはすがるように彼を見つめた。
「……傍にいて欲しいのか?」
「……うん」
「クッ……君も懲りないな」
この前散々脅かしたというのにまだすがってくるのは幼い故か。
「……少しの間だけだ。君が寝つくまでのな」
「ありがとう」
ほっと緩んだ表情に唇の端をつりあげると、腰に手をまわして彼女の部屋へと足を向ける。
まだまだ幼い、ジョーリィの恋人。
それでも、己の欲望を押しつけ急かそうとは思わない。
ありのままの彼女に惹かれ、また緩やかな変化を愛しく思っているのだから。
「今度眠れない時は私のところに来るといい。コーヒーぐらいはご馳走しよう」
「いいの?」
「ああ」
他の男の元に行かれるなどもってのほか……そんな嫉妬心故の提案だとは、しかしフェリチータは気づかない。
「ありがとう、ジョーリィ」
「臆病なお嬢様は添い寝もご所望かな?」
「……手を握るだけでいい」
前の警告は少しは身に沁みたらしい。わずかに緊張を宿した翡翠の瞳に、クッと喉の奥で微笑む。
ベッドの傍らに腰かけ髪を撫でてやると、気持ちよさそうに緩む頬。
しばらくの後に静かに眠りに誘われたフェリチータに、ジョーリィはサングラスの奥の瞳を和らげる。
「ブォナノッテ……いい夢を」
安らぎに満ちた寝顔に軽く口づけると、静かに部屋を後にした。