「みんながあなたの答えを待ってることは、忘れないであげてね」
そうスミレに告げられてからずっと、フェリチータは想いを寄せてくれる彼らのことを考えていた。
みんなが自分を大切に想ってくれていることはわかっている。
けれども自分はドンナで、ファミリーすべてを統べる者。
* *
「はぁ……」
「どうしたお嬢さん? ため息なんてついて」
「ダンテ」
「ため息をついていると幸せが逃げる……ダーンテな」
「ダンテ、シャレになってない」
「はは、これは手厳しいな」
いつものように戯言を口にするダンテに目を細めると、フェリチータはふっと微笑んだ。
「ダンテはこれから仕事?」
「ああ。船の調整に行こうと思ってね」
「久しぶりの海だものね」
アカデミアの開校以来、幹部それぞれに講師を頼んでいたため、ダンテもここしばらく館に滞在していた。
だが、諜報部であるダンテの本来の持ち場は外交。海が彼の居場所だった。
「よかったらお嬢さんも来ないか?」
「え?」
「ここのところ根を詰めていただろう? たまには海を見て気分転換するのもいいものだぞ」
「……そうだね。一緒に行っていい?」
「もちろん、お嬢さんならいつでも大歓迎だ」
ダンテの誘いに頷くと、並んで港へ行く。
「風が気持ちいい……」
「少しは気分が晴れたかな」
「?」
「さっきため息が聞こえたからな」
「あ……」
「頼ることは恥じることではない。組織は複数の人間で成り立っている。お嬢さんにはもっと遠慮せず、俺たちを頼って欲しい」
「でも、今でもアカデミアでみんなには無理を強いてる」
「そんなものは無理でもなんでもないと言っただろう?」
「……ありがとう。でも、ため息の理由はアカデミアのことじゃないから」
ダンテの言葉に微笑むと、ふう、と再びため息をつく。
「……アルベルトのことか?」
「……うん」
「あいつの他にもあちこちから求婚の声が絶たんからな」
「今はドンナの仕事だけで手いっぱい」
「はは、まあ、気長に探せばいい。ただ、ジャッポネにはこんな歌があるらしいぞ」
「どんな歌?」
「いのち短し 恋せよ乙女。あかき唇 あせぬ間に。熱き血潮の 冷えぬ間に。明日の月日は ないものを」
「いのち短し恋せよ乙女……」
「花の命は短いというからな。恋は燃え上がった時を大事にするといい」
「……ダンテは恋をしたことはある?」
フェリチータの問いにダンテは目を丸くすると、髪を掻きながら苦笑する。
「想いを寄せられたことはある。だが、俺が好意を寄せた相手はいなかったな」
「一人も?」
「ああ」
「嘘」
「嘘なんてつかんさ。俺が恋をしたことがないのが、そんなに信じられないかな?」
「うん。だってダンテはもてるから」
「はっはっはっ、嬉しいことを言ってくれる」
がしがしと、子どもの頃のように頭を撫でる大きな掌に、フェリチータはわずかな苛立ちを感じる。
「まあ、俺のことは置いておいて、お嬢さんにはやはり生涯の伴侶を見つけて欲しいと願っている」
「自分のことを棚に上げてずるい」
「はっはっ、ずるいか」
「うん」
ダンテの言葉に頬を膨らませると、優しげな瞳にひとつ鼓動が跳ね上がる。
「では、俺にもお嬢さんにも恋をする相手が見つからなかった時は……互いに寄り添い合うことにする、というのはどうだ?」
「え?」
「俺が相手では不満かな?」
「そ、そんなことない」
「無理することはないぞ。お嬢さんと俺とでは親子ほども年が離れているんだからな」
「それはパーパとマンマも同じ」
「ん? ああ、そうだったか」
釣り合わない……そう告げるダンテの言葉をムキになって否定すると、頭に乗せられていた掌が引かれ、ふっと甘い微笑みが向けられる。
「お嬢さんはますますスミレに似てきたな」
「マンマに?」
「ああ。美しくて聡明で……いい女になった」
「……っ」
「ドンナとしては頼もしいが、俺個人としては心配になる」
「……心配なんていらない」
「はっはっはっ、それは頼もしいな」
ダンテの言葉一つ、一つに跳ね上がる鼓動に戸惑いながら、それでもこの場から離れたくはなくて、そっと服の裾をつまんだ。
『その芽はもう、あなたの中にあるはずだから』