芽吹きのとき

リベフェリ2

「みんながあなたの答えを待ってることは、忘れないであげてね」

そうスミレに告げられてからずっと、フェリチータは想いを寄せてくれる彼らのことを考えていた。
みんなが自分を大切に想ってくれていることはわかっている。
けれども自分はドンナで、ファミリーすべてを統べる者。

*  *

「お嬢、ほら」
「ありがとう」

リベルタから手渡されたペットボトルを受け取って。
礼を述べてからキャップを開けると、ジュースを口にする。

「意外にみんなちゃんとした授業をしてるよな」

「そうだね。戸惑うこともあったと思うけど、アカデミアが成り立ってるのはみんなのおかげ」

「生徒もすっげー楽しんでる。やったな、お嬢!」

このアカデミア開校は、ドンナとなったフェリチータがレガーロを学問都市としても発展させようと思い付いたもので、アルカナ・ファミリアでも館を解放するなど総力を挙げてバックアップしていた。

「フェリチータさん、ちょっといいかい?」
「リベルタ、ちょっと行ってくるね」
「あ、ああ」

アカデミアに学びに来ている島民の呼びかけに駆けて行くフェリチータを見送って。どこかそわそわと、その様子を伺う。

「あいつは確か……デビトの授業受けてるやつだよな」

流通を担うセリエ・金貨の幹部のデビトは、フェリチータの要望で経済学を教えており、商家の者が多く受講していた。
その一人である目の前の男は、しかし真剣に質問に応えるフェリチータに反して邪な要求を押しつけ始めた。

「ちょっと待ったー!」

「リベルタ」

「な、なんだよ」

「ここは勉強を教えるアカデミアだぜ? そういう話はちょっと違うんじゃねえか?」

「……っ、いつもフェリチータさんのまわりには、ファミリーの男達が取り囲んでいて、話す機会なんてないじゃないかっ」

「そ、それはまあ、そうだけどよ」

「僕は本気でフェリチータさんを好きなんだ! 邪魔しないでくれ!」

「そんなことできるか! オレだってフェルのこと、好きなんだからな!」

「!」

売り言葉に買い言葉のリベルタに、フェリチータと男が驚く。

「……なんだァ、ずいぶん楽しそうな話をしてるじゃねえか」
「デビト!」
「そういう話なら俺も混ぜてくれよ。なァ、ドンナ?」

ゆっくり歩み寄ってきたデビトはにやりと唇をつりあげると、目の前の男を見る。

「好きなオンナを口説くのはオマエの勝手だ。オレ達よりドンナのハートを掴めるって言うんだったらなァ?」
「くっ……」

デビトの挑発に唇を噛むと、男は逃げるように立ち去っていった。

「ハッ! この程度で尻込みするような奴がドンナに手を出すなんざ百年早ぇんだよ」

「ありがとう、デビト」

「それは何に対する礼だァ? よけいなオトコを排除して、オレのオンナになることを選べる礼だったら喜んで受けるぜ?」

「ちょっと待ったー!」

「外野はうるせえ」

「外野ってなんだよ! なにちゃっかりお嬢を口説いてんだよ!」

「好きなオンナを目の前にして、口説かないバカがいるかよ」

「……そういうもんなのか?」

「リベルタ。デビトにのせられない」

「うおっ! そ、そうだった。ありがとな、お嬢」
フェリチータに諌められるリベルタを見て、デビトがクックと肩を揺らす。

「お子様にはまだアモーレの話は早いみたいだな?」

「誰が子どもだって? オレだって誰にもフェルを渡すつもりはねえからな!」

「口だけはいっちょ前かァ? クックッ」

「……デビト」

「おっと、ドンナの不興を買う前に授業に戻るとするか」

ひらひらと手を振って去っていくデビトに、フェリチータが小さくため息をつく。

「……ごめんな、お嬢」
「リベルタ?」
「あいつからお嬢を守ってやれなくてさ」
「リベルタは守ってくれたよ?」
「いや、結局追い払ったのはデビトだろ?」

バツが悪そうに眉を下げるリベルタに首を振って、にこりと笑みを返す。

「リベルタが傍にいてくれたから怖くなかった」
「そ、そうか?」
「うん」
「……ありがとな、お嬢」

自分を掬いあげてくれるフェリチータの優しさ。彼女のこういうところにリベルタは惹かれているんだと改めて思う。

「もうすぐお昼だよな。お嬢、よかったらオレと一緒にリストランテに行こうぜ。アラビアータがめちゃくちゃうまい店をみつけたんだ!」

「うん。連れて行って」

「おう!」

元気に頷くと、フェリチータの手をとって。しっかりと指を絡めて手を繋ぐ。

「その、お嬢が嫌じゃなかったらこうして行ってもいいか?」
「うん」
握り返された手に微笑んで。明るい日差しが照らす道を並んで歩いた。

『その芽はもう、あなたの中にあるはずだから』
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