芽吹きのとき

デビフェリ3

「みんながあなたの答えを待ってることは、忘れないであげてね」

そうスミレに告げられてからずっと、フェリチータは想いを寄せてくれる彼らのことを考えていた。
みんなが自分を大切に想ってくれていることはわかっている。
けれども自分はドンナで、ファミリーすべてを統べる者。

* *

『今日は額でいい。けど次はどこにするか……それまでにオマエの気持ち、考えといてくれよ』

額に触れた唇は強引な行動とは裏腹に優しくて。フェリチータの心を惑わせる。
ずっと、迷っていた。
自分の心のままに従う……それはドンナとしていいことなのか。
一人の女である前にドンナであること……それがファミリーを統べる自分だと、そうフェリチータは考えていた。
けれどデビトはドンナではなく一人の女として自分を好きだと言う。

『あなたにも早く、こういう顔を見せてほしいわ』
ウィルを想い、想われて、幸せそうだったネーヴェ。

『あんなに想われているのに、報われないのは少し可哀想…』
その言葉に小さな痛みを感じた胸。

「私は……一人を選んでしまってもいいの?」

みんながフェリチータを大切に想ってくれるように、フェリチータもみんなを想う。
それがドンナではないのだろうか?

「一人を選んだら他はどうでもいい、なんてオンナじゃないだろ? オマエは」

「デビト!? いつ来たの?」

「ノックの音にも気付かず、考えこんでたのはオマエだぜ? バンビーナ」

「ごめん、気付かなかった」

「で? ノックの音に気付かないほど、ドンナは何を想い悩んでいたんだァ?」

「…………」
問いかけに、返るのは沈黙。

「恋のお悩みならおてのものだぜ?」

「…………」

「不満そうな顔だなァ? だったら、オマエだけに愛を囁くってのはどうだ?」

「……またそうやってからかう」

「はぐらかしてるのはオマエだろ? オレが欲しいのはオマエだけなんだぜ。……フェリチータ」

「…………っ」

それは今までも何度となく聞いてきた言葉。
好きだと差し伸べられる腕をとれたら……そう考えたことがないわけではない。
それでも、結論を出せずにいる自分がいる。

「ドンナは一人より全員を望むのか?」
「……私は……」
「誰の手も取らないドンナを想い続けさせる。その方がよっぽど酷だと思わねえかァ?」
「…………っ」

デビトの指摘がずきりと胸に突き刺さる。
誰も選ばないのは自分を想い続けてくれるみんなの想いを無にすること。

「ドンナが一人を選んだらいけないなんて、誰が決めた?」
詰まる距離。 逃げようとして、それよりも一瞬早く引き寄せられる。

「振り払いたきゃ振り払っていい。選ぶのはオマエだぜ? フェル」

「………っ」

「どうした? 振り払わねえのか? ……だったら、オレの好きなようにするぜ?」

「……デビトは私の嫌がることはしない」

「オマエの嫌がることはな。でもオレがすることが本当に嫌か?」

「……ズルイ」

「ズルイのはオマエだろ? これだけ言っても本気で相手にしねえ」

「……………」
間近に迫った顔に、それでも振り払わないのは……フェリチータの意思。

「オレのことが好きか?」

「……デビト……近いよ……っ」

「教えてくれよ。オマエの本当の気持ちを。……オレだけがこんなに夢中なんてそれこそズルイだろ?」

「…………っ」

「次はどこにするか……オマエが決めるんだぜ? 言ったよな? オマエの気持ち、固めといてくれ…って」

「……………」

「さあ、どこがいい? もちろん、額はもうなしだぜ? アモーレのキスは唇って決まってるからな」

たたみかけられる言葉に間近な距離。
それでも、最後まで踏み込まないのはデビトの優しさ。
逃げるなといいながら、出口を完全には塞がないのだから。

「……その瞳が答えでいいのか?」
言えない想いが溢れ出したペリドットの瞳に、最後の距離が縮められて。
重なった唇に、その背に腕を絡ませた。

『その芽はもう、あなたの中にあるはずだから』
Index Menu ←Back Next→