サン・バレンティーノ

ファミリー1

「ねえ、みんなはサン・バレンティーノにお嬢に何をあげるの?」

夕食後のティータイム、ふと呟かれたパーチェの言葉に、不在のフェリチータを除いた幹部たちは顔を上げた。

「パーチェ、突然なんですか」

「だって今年はお嬢がファミリーの一員になって初めてのサン・バレンティーノでしょ? だから、みんなはどうするのかなって思ったんだよ。もちろんみんなもお嬢に贈るんでしょ?」

「それはまあ……」

「そんなのレガーロ男として当然だろォ?」

「そっか。でも俺、今までサン・バレンティーノに贈り物なんかしたことないんだよなぁ」

「マジかよ。やっぱりリベルタはお子様だな」

「なんだよ! ノヴァだってないだろ!」

「お前と一緒にするな。贈ったことぐらいある」

「え? ノヴァ、サン・バレンティーノに女性に贈ったことがあるの?」

「誰だよ? やっぱお嬢にか?」

「………母様だ」

「……やっぱりなァ」

「サン・バレンティーノに贈り物をしたことがあるかと聞かれたから答えただけだ。それに、母様に贈ることの何が悪い」

「別に悪かねえが……色気がねえ」

わずかに頬を染め睨むノヴァに、デビトが肩をすくめて見せた。

「……では、各々贈り物を用意して誰が一番良かったかをお嬢様に選んでもらうとしよう」
「ジョーリィ!?」
「いつの間に……」

忙しい幹部が一日一度は顔を合わせられるようにと、夕食は全員が顔をそろえることになっているが、単独行動を主とするジョーリィがその場に居合わせることはまずない。
彼の不在をいつものことだと気に留めていなかったため、突然の登場に皆驚きを露わにした。

「よし、のった!」

「俺ものった! きっとお嬢、喜ぶよね」

「そうだな。お嬢さんには日頃から何かと世話になっているからな」

「俺はパスさせてもらう。じじいの提案にのるなんざまっぴらだ」

「僕もだ。本来サン・バレンティーノは家族や恋人で贈り合うものだろう」

「モンドからの指令だとしてもか?」

「……なんだとォ?」

一気に集まった視線にふっと笑むと、新しい葉巻に火をつけジョーリィが続けた。

「モンドからの緊急指令だ。【サン・バレンティーノに我が娘・フェリチータをもっとも喜ばせることのできたものに褒賞を与える】」

「褒賞?」

「またこの前のフェスタ・レガーロみたいに、一日パーパの権利を与えるってやつ?」

「……くだらねえ」

たまたまその場に居合わせたアッシュは、我関せずと踵を返そうとする。

「待て、アッシュ。この指令はお前も含まれている」

「はあ? なんで俺がそんなもん聞かなきゃならないんだよ。俺はファミリーの一員になったつもりはねえぜ」

「まあ、そういうな。お前もお嬢さんには世話になったこともあるだろう」

ヴァスチェロ・ファンタズマ号の件では、恩人であるヨシュアを救うのにフェリチータの力を借りたアッシュは、ダンテの言葉にチッと舌打った。

「何か制限や決まりはあるのか?」
「いや……贈り物の内容は各々の采配に委ねる……が、お嬢様が喜ぶもの、というのが前提だ」
「お嬢の喜ぶものか……」

うーんと考えこむリベルタに、デビトが立ち上がりドアへと向かう。

「デビト?」

「サン・バレンティーノにバンビーナが喜ぶものを用意すればいいんだろ? それならこんなところで顔をつき合わせてたって無駄だからなァ」

「普段から女性に贈り物をしているデビトなら、すぐに考えつくでしょうね」

「そういうことだ」

余裕の笑みを浮かべて出ていくデビトに、パーチェやリベルタが頭を悩ませる。

「俺だったらラ・ザーニアをもらったらすっごく喜ぶんだけどね」

「それはパーチェだけです」

「お嬢が喜ぶもの……うーん……お嬢が好きなものってなんだろ?」

「その点、ルカちゃんは有利だよね。なんたってお嬢の小さい頃からずっと傍にいた従者だし」

「もちろんお嬢様の好みは把握していますが……」

やはりここは誰よりもフェリチータが喜ぶ贈り物をしたいと、ルカは自分の記憶と知識を総動員して贈り物の候補を脳裏に浮かべていく。

そんな指令が自分の父から皆に下されているとはつゆ知らず、サン・バレンティーノ当日を迎えたフェリチータは、いつものように剣の仕事を終え帰宅すると、ルカに広間に案内された。

「ルカ? どうして広間に行くの? 何かあるの?」
「はい。どうぞ、お嬢様」

にこりと微笑み、ドアを開いたルカに、フェリチータは不思議そうに広間に足を踏み入れた。
そこにはジョーリィやダンテ・他の幹部たちやアッシュの姿。

「みんな? どうしたの?」
「お嬢! いつもありがとな!」
先陣を切って贈り物を手渡したのはリベルタ。

「リベルタ? これは……花束?」
突然渡された花束に、戸惑いつつ目を向けるとふとあるものが目に入った。

「これ……もしかしてチョコレート?」
「ああ。Baciチョコを使った花束なんだ」
「ありがとう、リベルタ」

にこりと微笑み礼を述べると、続いてノヴァが手にしたものを前に出した。

「これは僕からお前の日頃の努力に対する褒賞だ」
「綺麗……」

小ぶりの淡い花々はスミレ。
色とりどりの花が咲く鉢植えは、まるで小さな花壇のように手入れが行き届いていた。

「これ、ノヴァが育てたの?」
「そ、そうだ」
「ありがとう、ノヴァ」

大切に育てた花を受け取ったフェリチータが礼を述べると、ノヴァの頬がほんのりと朱に染まった。

「俺からはこれを贈るぜ」

デビトからラッピングの施された細長い箱を受け取ると、開けるよう促されたフェリチータは丁寧に包みを開く。
そこには紫のビロードに包まれた、細いシルバーの鎖のネックレス。

「つけてやるから後ろを向きな、バンビーナ」
「うん」
「……よし、いいぜ。やっぱり最高の女には最高のアクセサリーが似合う……そうだろォ?」

上品なデザインに飾られた石は、フェリチータの髪を移したかのような紅。
見惚れるフェリチータの無防備にさらされたうなじにデビトが口づけようとした瞬間、じゃあ次は俺だね、とパーチェが割って入った。

「お嬢、ちょっとこっちに来て!」
「すごいドルチェがいっぱい」
「これはぜーんぶ俺からお嬢へのプレゼントだよ」

テーブルに所狭しと置かれたドルチェの山は、どれも異なる種類のもの。
ティラミスやアマレッティ・ズッコットにジェラートとどれも心をくすぐるもので、フェリチータはありがとうパーチェと微笑んだ。

「次は私です、お嬢様」

大きな箱を手渡されてリボンを解くと、中には真っ白なドレス。
ふわふわとした飾りと所々にあしらわれた花の刺繍が美しく、滑らかな生地は質の良さを感じさせた。

「もしかしてルカが作ったの?」
「はい。ちょうど良い生地が手に入ったんです」

久しぶりにお嬢様のドレスを縫えて嬉しかったです、と満面の笑みを浮かべるルカに微笑んで、そっとドレスを抱きしめた。
ルカの作る洋服は既製品に劣ることのない、むしろそれ以上のものであることはフェリチータが誰よりも知っていた。

「次は俺だな」
「ダンテもくれるの?」
「ああ。正直、お嬢さんが喜んでくれるかあまり自信はないんだがな」

そう言って差し出されたのは、白磁の透き通った陶器。
触れてみると、横に小さな突起があるのに気がついた。

「もしかして……」

そっとネジを回すと、流れてきたのは異国のメロディ。
その独特な雰囲気はどこか馴染みがあって、フェリチータはダンテを見上げた。

「もしかしてジャッポネのオルゴール?」
「ああ。以前出かけた時に気に入って買い求めたものだ」

スミレの影響で和楽器をたしなむフェリチータは、その心安らぐメロディーにそっと目を閉じ耳を傾けた。

「私からはこれをお嬢様に贈ろう……」
「これはどんな花が咲くの?」

ジョーリィから手渡されたのは、ノヴァよりも大きい鉢植え。
けれど蕾は固く閉ざされており、どんな花かはわからなかった。

「遙か遠くの異国の地で一年に一度、一夜だけしか咲かない花……本来ならばこの時期に咲くものではないが、特別にお嬢様のために手を加えた。いつ咲くかは……お楽しみだ」

クックッと肩を揺らすジョーリィに、フェリチータは興味深そうに鉢植えを見つめた。
一夜だけしか咲かないという儚い花の姿を頭の中に思い描く。

「ほら、手を出せイチゴ頭」
ムスッとしたアッシュからぞんざいに手渡されたのは、小ぶりな飴と銀細工。

「リンゴの飴と……これは?」
「船にあったもんだ。お前、こういう小さなもの好きなんだろ?」

以前船に遊びに行った時、興味深げに見ていた様をアッシュは覚えていたらしい。

「まあ、一番はリンゴだが……見合う等価にはならないからな」
「ありがとう、アッシュ」

嬉しそうに微笑むフェリチータに、アッシュもまんざらではない表情を浮かべた。

「……すべて出揃ったところでお嬢様に選んでもらおう。君が一番心を動かされた贈り物は誰のものだ?」

ジョーリィの問いに集まる視線に、フェリチータは一瞬考えるとにこりと微笑んだ。

「ぜんぶ」
「………は?」
「ぜんぶ、すごく嬉しい」

ひとつを指し示すのではなく、全てを選んだフェリチータに、固唾を飲んで見守っていた面々から笑みがこぼれ落ちた。

「お嬢様らしいですね」

「ほんとほんと。さすがお嬢! 優しい~!」

「それはなしだぜバンビーナ? 手をとるのはただ一人……この俺だろォ?」

「これでは指令を果たしたことにならないんじゃないか?」

「わっ、バカ、ノヴァ……っ!」

「指令?」
ノヴァの言葉にフェリチータが小首を傾げると、ダンテが代表して事情を説明する。

「……というわけでな」
「パーパったら……」

モンドの溺愛が生んだ騒動にフェリチータが眉をひそめると、とりなすようにルカが微笑んだ。

「でも、指令がなくとも皆お嬢様にサン・バレンティーノに何か贈り物をと考えていたんですよ」
「そうなの?」
「はい」

ルカの言葉に皆を見つめたフェリチータは、満面の笑みを浮かべた。

「私もみんなに贈りたい」
自分を大切に想ってくれる皆と同じく、フェリチータも皆を大切に思っているから。

「ではお嬢様。お茶を淹れてくださいませんか? あのドルチェに合うお茶を」
「……うん!」

ルカの提案に微笑んで、お茶の用意をするべく調理場へと駆けていく。
その姿に、幹部の顔に笑顔が浮かんだ。
サン・バレンティーノは愛しい人に囲まれて――


 * 後日談 *

「俺に声がかからないのはなぜだ!?」
「あなたが指令だなんていうからでしょ? まったく……」
「娘よーーーーー!!!」

モンドの叫びは、しかし和やかな笑い声が響く広間に届くことはなく、フェリチータからサン・バレンティーノの贈り物が届けられたのは夜も更ける頃だった。
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