初恋

セラフェリ

水の都ノルディア。
レガーロの友好国であり、フェリチータにとっても大切なこの国に降り立つと、長身の男性の姿を見つけ、微笑む。
その実直な性格を映したような、整然とした容姿。
少しだけ懐かしく、何より愛しいその姿に、フェリチータは自分が今、彼の傍にいることを実感した。

「セラ。迎えに来てくれたの?」
「俺は君の婚約者だからな」
「……ありがとう」

飾らない、まっすぐな言葉に少しだけ頬を染めると、挨拶をかわし並んで歩く。

「セラ、背が伸びた?」
「いや、自分では気づかなかったが……確かに君の視線が少し下にあるな」
「うん」

恋人の成長に、逢えない時間を感じ、顔が曇る。
フェリチータは『アルカナ・ファミリア』のドンナとして、セラは次期総督として、お互い忙しい日々を過ごしていた。
まだまだ勉強中の身としては、仕方がないこととはいえ、やはり寂しくないと言ったらウソになる。

「もし、君が疲れていなければ、少し街を歩かないか?」

「うん」

「総督邸に行くと、母さんが君を離さなくなる。その前に、もう少し君を独占したい」

「…………っ」
提案に頷けば、荷物と共に手を取られ。

「君に触れることを許してくれたら嬉しいんだが」
「……いいよ」

少しそっけない返事は照れ隠し。
以前なら容赦なく蹴りかナイフが飛んでいたフェリチータにとっては、格段の進歩。
婚約者として想いを交わす中で、彼女の性格を少しずつ理解してきたセラは、微笑むと指を絡め手をつなぐ。

「そんなに水路が珍しいか? 君は初めてこの国に来た時も、興味深そうに見ていたな」
「うん。こんなに沢山あるのは初めて見たから」

水の国の名にふさわしく、ノルディアの生活には深く水がかかわっていた。
水害の悩みなど大変な面もあるが、アクアテンペスタに備えた街づくりや、万が一の時の避難などもきちんと民衆に知れ渡っている。
それはこの国を統治するセラの母・アガタが優れた総督であることに他ならなかった。

「アカデミアはどうだ?」

「学校がようやく完成したの。教室ができて、みんなもはりきってる。セラの言う通り、少しずつ整えていこうと思ってる」

「ああ。君なら大丈夫だ。ファミリーの者も、島民も、皆が君を慕い、支えたいと思っている。……そこに自分がいないのが寂しいぐらいだ」

「セラ?」

「ああ、すまない。なんでもない」

ついこぼれた本音をセラは誤魔化すと、繋いだ指に少しだけ力を込めた。
彼女の隣に並び立つことを誰もが認める存在……そうなるため、セラはノルディアで日々努力していた。

不安がないわけではない。
本当は誰よりも近いところで彼女を守りたい。
 けれども一時の情熱で我を見失い、その先の未来を混沌に陥れることは、セラもフェリチータも望むことではなかった。

「………っ」
「どうした? ……ああ、髪が俺の服に絡まったのか。少し、じっとしていてくれ」
「うん……」

セラの指が、髪に触れる。
必然、縮まった距離に、フェリチータは鼓動が早くなるのを感じた。
普段は毎朝、ルカに梳いてもらっているのに、セラに触れられるのはこんなにも恥ずかしい。

「痛いのか? すまない、もう少しだけ我慢してくれ」

「切ってもいいよ?」

「いや、こんなに滑らかで綺麗な髪を切るぐらいなら、俺の服を切った方がいい」

綺麗……セラに褒められたことが嬉しくて、恥ずかしくて。顔を隠すように俯く。

「よかった。傷ついてはいないと思うが……フェリチータ?」
「……っ!」
「手間取ってしまってすまない。痛かったか?」
「う、ううん。大丈夫。ありがとう」

俯いていたフェリチータを覗き込むと、セラの指が髪を梳く。

「君は心も髪も……すべてが美しいんだな」
「……それもノルディアの口説き文句?」
「いや、俺の言葉だ」
「やっぱりセラは、ちょっと気障っぽいね」
「君はまだ俺のことを知らないようだな」
「え?」

照れくささを誤魔化そうとしたフェリチータは、思いのほか真剣なセラの表情にまっすぐ見返す。

「俺が口説くのはフェリチータだけだ。だから、君がそうだというならそれでも構わない。ただ、君に告げた言葉は本心から思ったものだ。それは信じてほしい」

「……ごめん、セラに口説かれるのが嫌なわけじゃない。ただ、恥ずかしかっただけ」

「レガーロはノルディアよりもっと情熱的じゃなかったか?」

「そう?」

「ああ。ファミリーの中にも、俺より口説き上手な奴がいるはずだ」

「確かにデビトとかにはよく言われるけど……セラに言われるとダメみたい」

「俺の口説き文句では、君の心に届かないか?」

「違う。そうじゃなくて、なんだか……恥ずかしくなるの」

目尻を染めてのフェリチータの言葉に、セラは一瞬目を丸くすると微笑んだ。

「セラは全然変わらないね」

「そんなことはない。君が傍にいると触れたくなる。……会えなかった時間すべてを埋めるように、今も君に想いを伝えたくてどうしようもない」

「……伝えてくれないの?」

「俺をそんなに煽ると、困るのは君だ」

「…………っ」

ドンナとして、感情を表に出さないよう気をつけていたが、セラの前ではそれは難しいことだと、フェリチータは知る。
恋はどうしてこんなにも胸の鼓動を早めるのか。初めて知った恋に、フェリチータは戸惑うことばかり。
だから、悔しさ半分、変わらないセラを崩したくなった。

「……伝えてほしい」

袖を引いてねだれば、一瞬見開かれた瞳に、腕を引かれる。
そうして、少し通りから外れた、人目につかない小道に入ったところで囁かれた、愛の言葉。

「……セラ、顔が赤い」
「……君がそうしたんだ」
「嬉しい」
「…………っ」

恋は胸の鼓動を跳ねあげる。それに少し戸惑うけれど。
照れくさくて、悔しくて……でも、同じものをセラが感じていると思うと嬉しいから。

「今日は忙しいのにありがとう、セラ」
「……君にはやはり、俺をもっと知ってもらう必要がある」
「?」

首を傾げると、まっすぐな瞳に捕えられ。
セラの気障で、けれどもまっすぐな口説き文句に、今度はフェリチータが顔を赤らめる番だった。


【後日談】

「久しいな」
ノルディア総督邸。
セラの母であり、ノルディアの総督でもあるアガタ。
凛々しく総督として相応しい気品と威厳を兼ね備えた彼女は、初めて会った時からフェリチータの憧れであり、彼女もまた、礼儀正しく、まっすぐ人と向き合うフェリチータの気性を好んでいた。
そうなると、二人の会話が弾むのは必然。
一人蚊帳の外に、不満が顔に出てしまったのだろう、セラに、アガタはふふっと微笑みを漏らす。

「まだまだのようだな」
「……必ず追いついてみせます」
「さすがは私の息子だ。その言葉、しかと覚えておこう」
「セラ? アガタ?」
「あちらへ行こう。歓迎の準備が整ったようだ」

アガタに促され、セラを見ると、その真摯な瞳にまた一つ、鼓動が跳ね上がった。
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