「みんながあなたの答えを待ってることは、忘れないであげてね」
そうスミレに告げられてからずっと、フェリチータは想いを寄せてくれる彼らのことを考えていた。
みんなが自分を大切に想ってくれていることはわかっている。
けれども自分はドンナで、ファミリーすべてを統べる者。
* *
「これで終わりか?」
「うん」
「ったく、付き合えって言うから何かと思ったら、荷物持ちかよ……」
「ごめん」
「これぐらい他の奴らに頼めばいいだろ? お前はドンナなんだからよ」
「みんなアカデミアの開校で忙しいし、これぐらいは手伝いたくて」
「……そういうところは変わらねえよな」
「アッシュ?」
「なんでもねえ。……で? 何をくれるんだ?」
「何がいい?」
「今日の労働に見合った等価……お前は何が相当だと思う?」
買い物袋を両手に抱えて覗きこめば、真剣に考え込むフェリチータ。
普段から等価交換を当然としているアッシュ。それに見合うものを考えているのだろう。
「少し休まない?」
「ああ?」
「あそこのジェラテリア、リンゴのジェラートが美味しいって聞いた」
「まあ、別に構わねえが……」
「待ってて」
アッシュを残し、ジェラテリアに走っていくフェリチータに、荷物を足下に置くとはあ、と空を見上げた。
フェリチータがドンナとなって二年余り。
生来の気まじめな性格も影響してか、戸惑いながらもそつなく仕事をこなす姿に、アッシュは彼女が遠い存在になった錯覚を覚えていた。
もちろん、彼女が実際に遠くに行ってしまったわけではない。
けれども以前のように接することは出来なかった。
自分は相談役補佐で、彼女はファミリーを統べるドンナ。
安易に近寄ることを許される存在ではなくなっていた。
「はい」
「サンキュ」
「……疲れた?」
「別に、そんな事ねえよ」
「何だか疲れてるように見えたから」
フェリチータの言葉に、ジェラートをスプーンですくいながら呟く。
「また求婚されたんだってな」
「……うん」
「で? また断ったと」
「……うん」
「ハッ、人気者のドンナは大変だな」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、なんだよ。結婚するには早いって? でも、お前ぐらいの歳ならいつ結婚してもおかしくないだろ?」
「それならアッシュだって同い年」
「男と女じゃ違うだろうが」
「ずるい」
「ずるくねえ」
唇を尖らせる姿に鼻を鳴らして戯言を流すと、ふと曇った顔に気づく。
「……みんな知らないから」
そっと当てられた掌がある場所には、恋人たちのスティグマータ。
恋人たちの他にも21のスティグマータを、フェリチータは一人でその身に宿していた。
「別に、知ったからって変わりはしねえだろ?」
「そんなことない。きっと、気味悪がる……」
「そんなことで気味悪がる奴なんざ、得意の蹴りで蹴り飛ばしてやればいいだろうが」
「ふふ、アッシュらしい」
寂しげな微笑みに苛立って、ぐいっとその身を抱き寄せる。
「アッシュ?」
「俺は、気味悪いとは思わねえ」
「ありがとう」
「別に、慰めで言ってるんじゃねえぞ。全てのタロッコと契約なんて真似、お前にしかできねえだろうが」
「たまたまだよ」
「たまたまでそんなことできるかよ」
相変わらず自分の価値を理解していないフェリチータに苦笑して、その髪の一房を手にとって口づける。
「で? 見合った等価は見つかったのか?」
「……ううん。何か希望はある?」
「そうだな……」
見上げるフェリチータに傾いて。その唇に口づける。
「……うまいジェラートとドンナのキス。十分な対価だろ」
ぺろりと唇を一舐めしてから放すと、真っ赤に染まった顔にイチゴ頭のイチゴ顔と笑うのだった。
『その芽はもう、あなたの中にあるはずだから』