The day of beginning

ケント2

「…ん………?」
重い瞼を開くと、カーテン越しの陽の光に朝の訪れを知る。

「もう朝か……」
髪をかきあげながらいつものように枕元に置いた眼鏡を手に取ろうとして、ふとその姿に違和感を覚えた。

「服を着ていない?」

ケントには服を着ずに全裸で寝る習慣はない。
普段と異なる己の状態に眉をしかめかけた瞬間、昨夜の出来事が思い出された。
慌てて隣りを見ると、そこには同じく一糸まとわぬ彼女の姿。

「…………っ、…そ、そうか…昨夜……」

そこまで口にして、ハッと口に手をやり再び彼女に視線を移す。
伏せられた女性らしい長い睫毛は少しも揺れることがなく、まだ深い眠りの中であることを悟ると、ケントは起こさぬように眼鏡をかけてからそっとベッドを抜け出た。

昨夜、ケントは彼女を抱いた。
今までのようにただ抱きしめたのではなく、彼女の純潔を手に入れたのだ。

「…………っ」
そのことを意識した瞬間、昨夜の出来事が脳裏によみがえって、一気に顔に熱が灯る。

ベッドに入る前から睦事を意識していたケントはこの上なく緊張していた。
それは彼女も同じだったのだろう、頬を染め視線をそらすように俯きがちだった。

留学する前に彼女の両親に挨拶に行った際、父親に結婚するまで彼女には手を出さない旨の誓約書を手渡したケントは、その誓い通り肉体的なつながりを求めることはなかった。
もちろんこれまでそういう衝動を全く感じなかったわけではなく、幾度となく煩悩と戦っていた。
それでも、この先も彼女と一生共にいる未来を想えば、一時の情欲など抑えることは可能だった。
そうして昨日、ついに念願をかなえ二人は結婚した。
そして迎えた初夜で、ケントは初めて彼女を抱いたのだった。

「不思議なものだな……」
「何が不思議なんですか?」

気を落ち着かせようとシャワーを浴びた後にコーヒーを飲んでいると、ベッドからの声にケントはびくりと肩を震わせた。

「……っ、お、起きたのか」
「はい。……おはようございます」
「お、おはよう」

ぎこちなく挨拶を交わすと、何が不思議なんですか? と再度問われて、ケントは軽く咳払いをしながら言葉を続けた。

「今まで私はどんなことがあっても自分の生活に何ら支障を与えることはないと、そう思っていた。
だが……今朝はいつもと違うように思えたのだ。 もちろんここは家ではなく、挙式をあげたホテルの一室であることから普段と異なるのは当然だが、そういった場所の変化に対してではなく……気分的なもの、なのだろうな」

「気分的なもの……ですか?」

「ああ。その……普段よりも陽が眩しく感じる……心が浮き足立っているのだろう」

「……私もです」

「君もそうなのか?」

「はい」

「そうか……」

皆の前で生涯を共にすることを誓い、身も心も一つとなった昨日。
これからはデートの後にそれぞれの家に帰ることもなく、誓い通りに一生生活を共に過ごしていくのだ。

「ふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします」

「いや、私の方こそ不用意な発言で君を傷つけないよう気をつけたい。どうか、これからも一生傍にいて欲しい」

「はい。一生、傍にいます」
ふわりと、花が開くような柔らかな笑みに、どくりと鼓動が跳ね上がる。

「あの、私も着替えてきますね」
「ま、待ってくれ」
ベッドの上でシーツを纏っていただけの彼女が、身を起こそうとするのを留めると、歩み寄ってその身を抱きしめる。

「ケントさん?」

「……君を抱きしめたい衝動を抑えきれない。すまないがもう少しこのままでいさせてくれないだろうか?」

「……はい」
愛おしげに背中に伸ばされた腕に、溢れんばかりに幸せを感じる。

「君を愛している」
胸に抱いた想いをそのまま伝えると、私も愛していますという言葉に、そっとその唇に口づけた。
Index Menu ←Back Next→