彼羽織

文花2

「ん……」
ふるりと肩を震わせると、花が重そうに瞼を開く。
室内を照らす光はまだ弱く、明け方頃なのだろうと、ぼんやりとした頭で思いながら掛け布を手繰り寄せようとして、はたと目に入った肌の色に手を止めた。

(………え? 裸? なんで……っ)

裸で寝ることなどない花は慌てかけて、ふと隣りに眠る男の存在に気がついた。
そして思い出す昨夜の出来事。

(そ、そうだ……昨夜、文若さんと……)

結婚当初は婚儀の翌日から出仕するぐらい仕事熱心な文若は帰りが遅いことも多く、こうした関係も数えるほどしかなかった。
だが、仕事の内容を見直し、作業の効率化を図るようになってからは日暮前に帰れることも多くなり、夫婦の時間も増えていた。

熱を持った頬を手で覆いながら隣りを見ると、耳を澄まさねばわからないぐらい静かな寝姿に口元が緩む。
寝ている時でさえきちんとしているのが彼らしく、思わず笑ってしまってハッと口元に手をやる。

(文若さんを起こしちゃわなかったよね?)

寝食を削っても仕事を優先してしまうところのある文若。
花がいくらその身を気遣っても、独り身の頃程の無理はしていないとか、慣れているとか、まだ若いと無理をしがちで、だからこそ出来る限り彼を休ませてあげたいと思っていた。
以前よりは仕事も時間短縮されて、徹夜ですることも減っていたが、最近は急を要する案件が続き、根を詰めつつある彼に、胃に優しく滋養のあるもの……とメニューを思い浮かべると、そっと寝台から抜け出し自分の服を探す。

(……これ、文若さんの……)

花の服が置かれていたすぐ傍の椅子に掛けられた文若の羽織。
何とはなしに手に取って羽織ると、うわぁ……と感嘆の吐息を漏らした。

「やっぱり文若さんの服は大きいなぁ」

武官である元譲と比べると幾分華奢に見える彼だが、自分の身体を覆い隠す羽織に男女の違いを実感する。
そして抱き寄せられた時のすっぽり包み込まれる感触を思い出して顔を赤らめると、羽織が皺にならないように椅子に掛け直していそいそと自分の服を身につけ、寝室を出ていく。
一方、目を覚ました文若は、身を起こすと先程の出来事に一人混乱していた。

(これは夢か? 私はまだ寝惚けているのか?)

起きてすぐに目に飛び込んできたのは、なぜか文若の羽織を着ている妻の姿。
しかも、素肌に直接羽織った姿はひどく官能的であり、文若を一瞬で目覚めさせるに十分すぎるほどの威力を持っていた。

確かに昨夜、彼は花を抱いた。
行為後いつもなら風邪をひくときちんと服を着るのだが、昨夜は久しぶりということもあり執拗に彼女を求めてしまい、二人そろって力尽きるように眠りについてしまったのだ。

(だが、なぜ私の服なんだ……!)

素肌の理由には思い至ったが、自分の羽織を着る理由がわからない。
もちろん、彼女が羽織を着ることを不愉快に思ったのではない。
ただ激しく動揺している現状に、無理に思考を通常へ向け、煩悩を払おうと眉間にしわを寄せる。

今日ももちろん仕事がある。
そうでなくとも、朝からあのような行為に及ぶことを良しとはしないのが文若だ。
だがそんな彼をここまで動揺させる【彼羽織】の効果に、食事の用意が出来たと呼びに来た花が、寝台で身悶える夫に驚くのは、もう少し後のことだった。

2018/01/21
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