花見

孟花5

「お花見?」
「はい」
二人並んで朝ご飯を食べながらいつものように雑談を交わしていた孟徳は、自然と花の世界の話になり、耳を傾けていたが、そこで出てきた耳慣れない行事に関心を示した。

「私のいたところでは、春になると桜という淡いピンク……薄紅の花が木に沢山咲くんです。その花が咲くと皆でお祝いするように桜の木の下で集まって宴をするんです」

「花を見ての宴か……風流だね」

「そうですね。でももっぱら私や弟は花より団子でした」

「花を愛でるより食べ物に夢中だったってこと?」

「はい」
楽しげにその時の情景を思い浮かべる花に柔らかに微笑むと、彼女をじっと見つめる。

「孟徳さん?」
「ん?」
「顔にご飯がついてますか?」
「そんなことないけど……もしもついてたら、それはそれで可愛いね」

孟徳の甘言に顔を赤らめると、花は上目遣いに彼を見る。

「それならどうして見てるんですか?」
「お花見だよ」
「??」
意味が分からず首を傾げる花に微笑むと、彼女の全てを目に映す。

「お花見は花を愛でるんだよね? 桜はここにはないから、俺の一番好きな花を愛でてたんだ」

桜の花と花自身――2つをかけているのだと分かるとさらに頬の赤みが増して。
そんな初心なところも愛しくて、孟徳は可愛いなぁと口元を緩める。

「花ちゃんは本当に可愛いなぁ。こんな可愛いお嫁さんをもらって俺は本当に幸せだね」
「もう……私も、幸せですよ」
照れくさそうに目を泳がせていた花は、しかし孟徳の言葉を受け嬉しそうに微笑み返す。

偽りの葬儀を上げ、世間的に『曹孟徳』を葬り、得た平穏な日々。
幽霊といっても過言ではない今の暮らしに孟徳は幸せだが、表立って出歩けない彼との暮らしは花には不便以外の何物でもないというのに、こうして同じように微笑んでくれる。

夫婦者だと思われず、おせっかいな女性によってお見合いをさせられたこともあったというのに、孟徳との隠居暮らしを幸福だと思ってくれる。
それがどれほど尊く、幸せであるか、きっと花はわかっていないのだろう。
花以外の全てを失ってもいい――そう思うほど大切で、愛しくて、孟徳の全てである彼女。

「いつか君の生まれた国に行ってみようか? 世界が違っても桜はあるかもしれないよ」

遠い昔から花の国に生きる人々に愛されてきたという花。
彼女の思い出に刻まれたその花を、孟徳も共有してみたいと、そう思った。

「この時代はどうなんだろう……? でも、もしも孟徳さんと一緒に見れたら素敵ですね」

にこりと、また幸せそうに笑ってくれるから、孟徳も幸せになる。
孟徳にとっての花見はやはり彼女を愛でることだと、正しく意味を理解して、朝食の後はたっぷりその時間を取ろうと一人心に刻むのだった。
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