「今日はちょっと遠出しようか」
そんな孟徳の誘いに乗った花は、たどり着いた場所に驚愕する。
「これ……桜……」
「前に花ちゃんに『花見』のことを聞いた時に気になって。やっぱりこの花だったんだね」
「はい。ここにも桜はあったんだ……」
この国で花を愛でると言えば真っ先に浮かぶのが桃のために、花の国でこの薄紅の桜を愛でる風習がわからなかったのだが、それとなく聞いていてもしやと思ったは正解だったらしい。
「花ちゃんはこの花の下で団子を食べたりするのが好きなんだよね?」
「だから今日はいっぱいお弁当を持ってきたんですね」
死んだとされている孟徳が見つかっては騒動になるため、極力外出は控え、出かけてもあまり長い時間滞在することはないのだが、今日に限ってお弁当を作ろうとあれやこれやと手伝ってきたのを思い出して花が微笑む。
「ありがとうございます、孟徳さん」
「御礼なんていらないよ。俺が花ちゃんとこの花で花見をしたかっただけだからね」
花の思い出を共有したいと、話を聞いた時に思っていた。
だからこれは孟徳のわがままであり、花の笑顔が見れて両得と言えた。
布を敷いてその上にお弁当を広げると、桜を愛でつつ箸を進める。
「……この花は君みたいだね」
「そうですか?」
その昔、孟徳がどんなに華美な小物や装束を贈っても、困ったように眉を下げてこんなに受け取れませんと固辞していた花。
孟徳の愛を得ようと己を飾り立てていた女たちを牡丹とするなら、ささやかな花ながらもどこか目を惹きつける桜は彼女のようだと思うと、急に愛おしく感じる。
「はい、花ちゃん。君の花見は花より団子だったよね」
「……今はそんなことないです」
にっこり笑って団子を差し出せば、頬を赤らめつつも頬張る姿が可愛くて、ああ幸せだと抱きしめたくなる。
花に囲まれる日々を疎ましく思いはしなかった。
ただ、哀れだと思わなくもなかった。
だからこそ、出来る限り彼女たちを丁重に扱い、籠の中でも不便を感じさせないよう、孟徳なりに寵愛は与えていた。
この場にいることは孟徳が成そうとしていることには必要であり、そのために自分はあるのだと、そう考え生きていたあの頃。
まさか自分がこのようにすべてを捨てて、愛するものと心穏やかに生きていくなど思いもしなかった。
この幸せを孟徳に与えてくれたのは、ある日突然現れた少女。
へりくだることなくまっすぐに彼を見返し、他の者と変わらず物おじせずに接してくる彼女が面白くて……いつしかかけがえのない存在になっていた。
「孟徳さん? どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。桜が綺麗だなと思って」
「そうですね。ちょうど見頃ですよね」
箸を置いて空を見上げた花を手招くと、近寄ってきた彼女を抱きしめる。
「孟徳さん?」
「やっぱり俺の花見は君を愛でることだなって思ってさ。ねえ、花ちゃん」
「はい」
「君が好きだよ」
想いを告げれば顔を赤らめた花に微笑んで、やっぱり自分にとって何より愛でる花は彼女なのだと、孟徳は自身の考えの正しさを確認して、彼女にそっと口づけた。