あたたかな雪

孟花3

「寒いと思ったら雪だったんだ」

そういえば雪を見るのも久しぶりかもしれない。 花の住んでいた場所は雪が全く降らない地域ではないが、毎年必ずというわけでもなく、一面に広がる白の景色は花の幼心をくすぐった。
そっと踏み出せば、てん、とついた足跡。
誰にも踏み荒らされていない雪を踏む行為はどこか特別に思えて、花はそのまま歩を進める。

「こういう機会なんてなかなかないよね」

雪が降っても、全く踏み荒らされていない場所などなかったよね、と記憶を顧みると、そっと傍らの雪を手に取った。
雪が降った時にしたことといえば、雪だるまに雪うさぎを作ること。

「ここならすごく大きい雪だるまが作れそう」
「…………花ちゃん!?」

嬉しそうに雪玉を作り始めると、焦った声が後方から聞こえてきた。
振り返ると、焦ったようにこちらに向かってくる孟徳の姿。

「孟徳さん」

「こんなところで何をしてるの?風邪をひいたら大変だよ。さあ、向こうに行こう」

「大丈夫ですよ。今、雪だるまを作ろうとしてたところなんです」

「ゆきだるま?」

「はい。こうして雪玉を転がせて大きくして……」

ころころと目の前で転がすと、不思議そうに見つめる孟徳。
とりあえずと程々の大きさの雪玉を2つ組み合わせて重ねると、傍にあった石で目を、葉っぱで手を作り、孟徳を振り返った。

「これが雪だるまです」

「へえ……雪で作った人形のようなものなんだね」

「はい。本当はもっと自分の背ぐらいのを作るんですよ」

「だめだよ。そんな重いものを君に持たせるわけにはいかないよ」

「大丈夫です。結構力あるんですよ?」

「だめ。それに、ほら、こんなに手が冷えてしまってる」

手を取り、眉を寄せる孟徳。
孟徳を庇い、大怪我を負って以来、彼は過剰すぎるほど花の身を案じていた。
猫を助けようと木に登れば、慌てて駆け寄り、馬に乗りたいと言えば自分が付き添っている時だけにと約束させられ。
その案じようは過保護だと元譲たちが呆れるほどのものだった。

「だったら、孟徳さんも一緒に作りませんか?」
「え?」
「雪うさぎなら小さいから重くないし、作るのもそんなに時間がかかりませんから」

丞相である孟徳は日々政務に追われて、花と過ごす時間もなかなか取れない。
そのことを理解していても、やはり少しでも一緒にいたいと思うのは乙女心で、花は久しぶりの雪遊びに高揚する思いのまま、孟徳を誘う。

「あ、でも、もし忙しいなら無理しないでください。後で作ったのを見せに行きます」
「いいよ。一緒に作ろう」
「いいんですか?」
「うん。雪で遊ぶのなんか、子供の頃以来だなあ」
「子どもっぽいですよね……すみません」

にこにこと楽しそうに笑ってくれる孟徳に、花はいまさらながら自分がひどく子どもっぽいことをしていると気づき、恥ずかしそうに俯いた。

「楽しいよ。花ちゃんの世界の遊びを知るのも、喜ぶ花ちゃんを見るのも嬉しいし」

「寒くありませんか?」

「全然。あ、花ちゃんが寒いのなら、すぐに温石を用意させるね」

「大丈夫です。孟徳さんに風邪をひかせてしまったら困ると思っただけです」

「大丈夫だよ。こうみえても丈夫なんだよ?俺より、花ちゃんの方が心配だ」

「私は、こうして孟徳さんと一緒に雪うさぎを作れるのが嬉しいから、全然寒くないですよ」

鼻の頭を赤くしながら、それでも嬉しそうに笑う花が可愛くて、孟徳は思わず彼女を抱きしめる。

「可愛い花ちゃん」
「も、孟徳さん。抱きしめられたら、雪うさぎ作れません」
「ああ、ごめんごめん。どうやって作るの?」

腕を離し、覗き込む孟徳に、花は手近な雪を集めると、楕円に固めて、赤い木の実と葉っぱで小さなうさぎを作った。

「へえ、可愛いね」
「私も久しぶりに作りました。小さい頃は弟や友達と、雪が降ると家を飛び出して作ってました」

高校生になる頃には、登下校の妨げになるものとして雪を煩わしく思ったこともあったけれど、久しぶりに作ってみればそれは幼い頃の楽しい記憶を呼び覚まして、花は嬉しそうに孟徳を見た。 そんな花とは異なり、どこか思いつめた表情を浮かべる孟徳。

「孟徳さん?」
「……元の世界に帰りたい?」

火事で本を失った時、花が元の世界に帰る術を失い、泣いたことを知る孟徳は、その時の彼女の痛みを思い出してか、辛そうに顔を歪める。
確かに懐かしむ気持ちはあるけれど、今、花が共にいたいと望むのは目の前にいる孟徳だった。
だから、ためらいなく首を振る。

「私は、孟徳さんの傍にいたいんです。だから、孟徳さんが傍にいてくれたら大丈夫です」

人の嘘を見抜ける孟徳は、だからこそ偽りのない花の言葉に微笑んだ。

「うん。俺は花ちゃんの傍にいるよ。ずっと」
「だったら大丈夫です。孟徳さんも作ってみてください」

優しく触れた指先は、雪で凍えてしまっていたけれど、それでも彼女の想いが孟徳を温める。
その日、孟徳の部屋の傍らには、可愛らしいうさぎと、少し不揃いなうさぎが、仲睦まじく並んでいた。
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