ホワイトデー

公花5

「さて……どうしましょうか」

先月花からもらったお菓子は『バレンタインデーの贈り物』で、女性から好きな男性に贈るものであり、その贈り物を受け取った男性は1ヶ月後にもらったものよりも高価なものを贈り返さなければいけない……そう、大喬小喬姉妹から聞いた公瑾は、花に何を贈ろうかと悩んでいた。

無難なものは装飾品だろうが、堅実な花はあまりそういったものを普段から身に着けることがない。
どうせならば心から喜ばれるものの方がよい、と考えるとこれといったものが浮かばず、冒頭の呟きに戻ってしまうのである。

そうしてはたと気づいた、自分が花の好みを何も理解していないという事実。
どういったものを好むのか、食にしろ装飾品にしろ何一つ浮かばないことが歯がゆくて、公瑾は眉間を険しく歪めた。

「私ともあろうものが……」

本人に何が欲しいか聞くなどという無粋なことはできまい。となれば、手段は一つ。
素早く算段すると、公瑾はそれを実行するべく歩き出した。


「あの、公瑾さん。今日はどういった用なんですか?」

昨夜突然、明日出かける旨を告げられた花は、隣を歩く男を不思議そうに見上げた。
そんな花に、公瑾はにこりと微笑むと方便を口にする。

「ああ、たまにはあなたの労を労おうと思っただけです。手習いもずいぶん上達しましたからね。それもあなたが真摯に取り組んでいたからでしょう」

「あ、ありがとうございます」

「そこの店でものぞいてみましょう。女性には興味のある品を取り扱っていると思いますよ」

装飾品を取り扱う店へ足を向ければ、きらきらと目を輝かせる花の様子を見る。
こういった物にあまり興味がないのかと思っていたが違うらしい。きょろきょろと店内を見て回る姿は、年頃の女性らしくはしゃいだものだった。

「あ」
花の足が止まった先を見ると、小ぶりな石のついた首飾りが並んでいた。

「この首飾りが気に入ったのですか?」
「はい。綺麗だなって思って」
「赤い石と青い石がありますね」
「どちらも可愛いんですけど……」
花の視線が向かったのは、淡く澄んだ青い石。

「それが欲しいのですか?」
「え? いえ、見てるだけですから」

ふるふると首を振る花に、そういえば彼女は金銭を持ち合わせていないことに気が付く。
それから後も何軒か見て回った後、手近な店で饅頭を買い求めると、ありがとうございますと花が微笑んだ。

「あたたかくて美味しいです。公瑾さんは食べないんですか?」
「ええ。あいにくお腹が空いていないんです」
「だったら……はい」
「花殿?」
「1つだと多いなら、半分ならどうですか? このお饅頭、すごく美味しいんですよ」

にこりと微笑みながら饅頭を差し出す花に、公瑾は困ったように眉をひそめたが、好意をむげにするわけにもいかず受け取った。

「あなたはよく尚香様や大喬殿たちと甘味の類を口にされていますね」

「はい。この世界のお菓子は見た目もきれいで楽しいんです」

この世界、と花の口にした言葉にざわめく胸の内。
彼女はこことは異なる世界からやってきたのだと、そう聞いた。
この世界に引き止めたのは公瑾。
自分の傍にいてほしいと、彼女を引き留めた。

「公瑾さん?」
「……なんでもありません。次はあちらの店を見てみましょう」

一瞬曇った顔に気づいた花の問いをかわすと、公瑾は急き立てられるように店へと足を向けた。
ほとんどの店を見終えた頃には日はだいぶ傾いており、公瑾はいつの間にか増えた手土産の袋に小さく息を吐くと花を見下ろした。

「そろそろ戻りましょう。閉門に間に合わなくなると困りますからね」
「はい」
素直に頷く花を連れ京城へ戻ると、そのまま公瑾の部屋へと足を向けた。

「公瑾さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「それはよかったです。花殿、こちらへ」
手招きに近づくと、差し出されたのは青い石のついた首飾り。

「これ……あの時の?」
「あなたが心惹かれていたようなので買い求めました。ああ、後はこちらとこちらも……」

そう言いながら出てきたのは、髪飾り・甘味と今日見ていたものばかり。

「あの……こんなにいっぱいもらえません」
「手習いの褒美だと申し上げたでしょう? あなたのために買い求めたものです。あなたが受け取ってくださらなければ行き場に困ります」

テーブルに並べられた品々に、花は困ったように眉を下げるとまっすぐに公瑾を見つめた。

「私、公瑾さんに何もできないんです」

「花殿?」

「本がなくなったから軍師として立つこともできないし、書簡を届けるぐらいしかできない。こんなふうに公瑾さんに贈り物をすることもできないんです」

「そんなこと……私はあなたに何かをしてほしくて傍にいることを望んだわけではありません」

「私だってただ公瑾さんの傍にいられたら、それだけでいいんです」

潤む瞳に公瑾は己の胸へと抱き寄せた。

「……すみません。あなたにそんな思いをさせるために贈ったのではないのです。ただ私は、先日のお礼をしたかっただけなのです」

「先日の……って、もしかしてバレンタインのお返しですか?」

「ええ」

瞳を瞬く花にばつが悪そうに顔を曇らせると、テーブルの上に並んだ品々に目をやった。
たくさん並んだあれらの物は公瑾の不安の表れ。
何一つ花のことを理解できていない己の不甲斐なさを取り繕うものでしかなかった。

「何もできないのは私の方です。あなたの帰るべき場所を奪いながら、あなたが何を好むのかさえ理解できていないのですから」

花が元の世界のことを口にするたびに揺れる心。それは玄徳のことを花が話す時と同じ。
花が傍にいないことなどもう考えようもないのだから。

「――花、私にあなたのことを教えてください。あなたが知りたいと望むのなら、私はどこにでもあなたを連れて行きます」

「……だったら私にも教えてください。もっと公瑾さんのこと知りたいんです」

相手のことがわからないのは花も同じ。
花もまた、公瑾が怯えていたものがわからなかったのだから。

「明日のお茶の時間に公瑾さんのこと、聞かせてください。お茶菓子もいっぱいありますから」

「……そうですね。では私も聞かせていただきましょう。あなたがどのような『モノ』が好みなのか」

「え? どのような者って……」

「ふふ、教えてくださるのでしょう? あなたのことを」

「……もうわかってるじゃないですか」

「なにをですか?」

とぼける公瑾に頬を染めると、小さな声で告げる。
「私が好きなのは公瑾さんですよ」
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