小さな悪意

公花3

「だ、だめです!」
「花……?」

夜も更けようやく帰ってきた公瑾が新妻を求めると、思わぬ拒絶を受けた。
今までそのように拒絶されたことはなく、公瑾は動揺を押し隠して花を見つめた。

「身体の調子が悪いのですか?」
「違います。元気です」
「でしたらなぜ……?」

体調が優れないというのならばわかる。
けれどもうっすら染めた頬は瑞々しくその言葉に偽りはないようで、それならばなぜ拒絶されるのか理由がわからず、公瑾はじっと花を見つめた。

「だって、公瑾さんが身体を悪くしちゃいます」
「私が……ですか?」
「はい」
「……どうしてそう思われるのですか? 以前受けた傷ならあなたがご存知のようにとうに癒えておりますよ」
「わかってます」
「ではどうしてですか?」

疑問は解決しなければ気が済まない。
ましてや閨を拒絶されるなど、夫として問いたださずにはいられないだろう。

「だって……書に書いてあったんです」

曰く、それは房中術と呼ばれるもの。
楽しみに節度があれば、心は穏やかで長生きでき、おぼれて顧みなくなれば病が生じ、いのちが損なわれる。

「確かにそう記されているものはありますが……どこでその書を?」

「師匠がこの前孫子や他の兵法と一緒に送ってくれた中にあったんです」

「そういうこと……ですか」

花の師匠は玄徳の元にいる、智将と名高い諸葛孔明。
しかしその人柄はと言えば、こうした子供じみた嫌がらせをするような男であった。

「心外ですね。私がその書に記されているように溺れ、顧みていないとあなたは思われるのですね」

「そ、そんなことは……」

「心遣いは嬉しいですが、己を失したことなどありませんので、そのような気遣いは不要です」

自尊心もあってそう言えば、心配事がなくなって晴れるはずの花の顔は、しかし余計に曇ってしまう。

「花?」
「すみません。私が全然知らないせいで……だから公瑾さん満足できないんですよね」
「…………っ」

公瑾の思惑とは真逆に、己の未成熟さゆえに溺れることがないと解釈した花は、俯ききゅっと掛け布を掴む。
それならば。

「私、もっと勉強します。この書には他にも色々書かれてるみたいですし、もっと読めばきっと……」
「その必要はありませんよ」
「え?」

明日からの勉強に意欲を燃やせば、小さなため息が聞こえ、ベッドに沈んだ身体。

「房中術が知りたいというのならば私が教えて差し上げます」
「公瑾さん?」
「……もう拒んだりはしませんね?」

艶めいた瞳で覗きこまれて首を振ることなど出来るはずもなく。
まもなく訪れた甘い一時に身を委ねた。

 * *

「そういえば、房中術には一日に十回以上の交わりを持つことを義務づけられているものもあるのですが……試してみましょうか?」

「む、無理ですっ! すみません!」
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