「公瑾さん! 見てください!」
「それは……衣、ですか?」
「はい。芙蓉姫が贈ってくれたんです」
微笑んで嬉しそうに話す花を見て、ふっと心の奥が疼く。
「それは……良かったですね。見せてもらえますか」
「はい」
花から受け取った衣は、彼女に似合いそうな淡い桃色の上質なもの。
そう――最初の頃に纏っていた、あの外套のような――。
「……っと!」
「公瑾さん?」
「……すみません。コップに手を引っ掛けてしまいました。急ぎ洗わせます」
そういって侍女を呼び寄せると、べったりと紅の染みのついた衣を手渡した。
あの染みを完全に落とすのは無理だろうと知りながら。
「本当にすみませんでした。私の不手際で大切な衣を……」
「い、いいんです。わざとじゃないんですし。芙蓉姫にはお詫びの文を書きます」
「私からも何かお詫びの品を届けましょう」
「え? そんな、そこまでしなくても……」
「あなたの大切なご友人ならば、私にとっても大切な方ですから」
申し訳なさそうに眉をひそめれば、純粋な彼女はその裏の想い等には気づかず信じてくれるから。
だから、公瑾はことさら誠意を彼女に見せた。
奥底の嫉妬を綺麗に隠して。
「……花?」
ふと気づくと、俯き複雑そうな顔をしている花。
策に気をとられて彼女の変化を見逃していた。
「どうかしましたか? ……怒っているのですか」
「……え? あ、違います。怒ってなんかいません」
「ではどうして俯かれているのです?」
「…………」
己の策で不快になっているのではないならばどうしてか、それを尋ねれば困ったように彷徨う視線。
「……芙蓉姫のことが羨ましくなったんです」
「芙蓉姫が羨ましい? どうしてですか?」
「公瑾さんが贈り物をするって……」
あまりにも意外な花の言葉に、公瑾は一瞬頭が白くなる。
「す、すみません。公瑾さんはお詫びの品にと考えただけなのに、つまらない嫉妬なんかして……っ」
「嫉妬、ですか」
「すみません!」
「謝る必要などありませんよ。そのようなことをあなたに思わせた私が不甲斐ないのです」
花は欲がない。
必要以上のものを望まず、何かをねだることもない。
だからつい、贈りそびれていたのだ。
「大切な衣を台無しにしてしまったお詫びに、代わりの衣を贈ります。いつがいいですか?」
「いつって……何がですか?」
「衣を見に行く日ですよ。あなたの都合の良い日に街に行って見繕います」
「い、いいです! 気にしないでください」
「芙蓉姫の贈り物は受け取っても、私のは受け取ってくださらないのですか?」
「そういうわけじゃ……」
「でしたら、付き合っていただけますね」
「は、い」
言質を取って反論をふさぐと、困ったように頷く花に微笑む。
身に着ける物を異性に贈るのは、己の所有を表す。
思いがけず訪れた好機に一日公瑾の機嫌は良く、仲謀は不気味がるのだった。
** 後日 **
「……え? また芙蓉姫が贈ってきたのですか?」
「はい。今度は公瑾さんがいない時に見なさいって」
「ほう……そのようなことを……」
笑顔なのにどこか怖い公瑾に、花は一人わからず首を傾げる。
この後の芙蓉姫と公瑾の戦いの行方は……ご想像通り?