芙蓉姫の贈り物

公花2

「公瑾さん! 見てください!」
「それは……衣、ですか?」
「はい。芙蓉姫が贈ってくれたんです」
微笑んで嬉しそうに話す花を見て、ふっと心の奥が疼く。

「それは……良かったですね。見せてもらえますか」
「はい」

花から受け取った衣は、彼女に似合いそうな淡い桃色の上質なもの。
そう――最初の頃に纏っていた、あの外套のような――。

「……っと!」
「公瑾さん?」
「……すみません。コップに手を引っ掛けてしまいました。急ぎ洗わせます」

そういって侍女を呼び寄せると、べったりと紅の染みのついた衣を手渡した。
あの染みを完全に落とすのは無理だろうと知りながら。

「本当にすみませんでした。私の不手際で大切な衣を……」

「い、いいんです。わざとじゃないんですし。芙蓉姫にはお詫びの文を書きます」

「私からも何かお詫びの品を届けましょう」

「え? そんな、そこまでしなくても……」

「あなたの大切なご友人ならば、私にとっても大切な方ですから」

申し訳なさそうに眉をひそめれば、純粋な彼女はその裏の想い等には気づかず信じてくれるから。 だから、公瑾はことさら誠意を彼女に見せた。
奥底の嫉妬を綺麗に隠して。

「……花?」
ふと気づくと、俯き複雑そうな顔をしている花。
策に気をとられて彼女の変化を見逃していた。

「どうかしましたか? ……怒っているのですか」
「……え? あ、違います。怒ってなんかいません」
「ではどうして俯かれているのです?」
「…………」
己の策で不快になっているのではないならばどうしてか、それを尋ねれば困ったように彷徨う視線。

「……芙蓉姫のことが羨ましくなったんです」
「芙蓉姫が羨ましい? どうしてですか?」
「公瑾さんが贈り物をするって……」

あまりにも意外な花の言葉に、公瑾は一瞬頭が白くなる。

「す、すみません。公瑾さんはお詫びの品にと考えただけなのに、つまらない嫉妬なんかして……っ」

「嫉妬、ですか」

「すみません!」

「謝る必要などありませんよ。そのようなことをあなたに思わせた私が不甲斐ないのです」

花は欲がない。
必要以上のものを望まず、何かをねだることもない。 だからつい、贈りそびれていたのだ。

「大切な衣を台無しにしてしまったお詫びに、代わりの衣を贈ります。いつがいいですか?」

「いつって……何がですか?」

「衣を見に行く日ですよ。あなたの都合の良い日に街に行って見繕います」

「い、いいです! 気にしないでください」

「芙蓉姫の贈り物は受け取っても、私のは受け取ってくださらないのですか?」

「そういうわけじゃ……」

「でしたら、付き合っていただけますね」

「は、い」

言質を取って反論をふさぐと、困ったように頷く花に微笑む。
身に着ける物を異性に贈るのは、己の所有を表す。
思いがけず訪れた好機に一日公瑾の機嫌は良く、仲謀は不気味がるのだった。

 ** 後日 **

「……え? また芙蓉姫が贈ってきたのですか?」
「はい。今度は公瑾さんがいない時に見なさいって」
「ほう……そのようなことを……」

笑顔なのにどこか怖い公瑾に、花は一人わからず首を傾げる。
この後の芙蓉姫と公瑾の戦いの行方は……ご想像通り?
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