旦那様の憂鬱

仲花7

「本を読むにはどこに行けばいいかな?」
「はあ?」
「あ、この世界に本はないんだったよね。えっと、色々な書を読むにはどうすればいいの?」

政務の合間の休憩時間。
仲謀と一緒にお茶を楽しんでいた花は、気になっていたことを問いかけた。
元の世界ならば図書館に行けば様々な内容を調べることも出来たし、欲しいものは本屋で買うことも出来たがこの世界での勝手がわからない花は、仲謀に聞くことにしたのだ。

「書を読みたいなら俺もいくつか持ってるし、他なら子敬に言えば揃えさせるが……何が欲しいんだ?」
「え!? えーと……」
普段物をねだることのない花の珍しい要望に食いつけば、あからさまに泳ぐ目。

「……なんだよ。俺には言えないようなものなのか?」
思わずムッと問い返すと、花は困ったように眉を下げた。

「ちょっと指南書みたいなのがあればなぁって」
「指南書って兵法か?」
軍師をしていたというのに、孫子すら読んだ事のなかったことを思い出すと、花はううんと首を振った。

「やっぱり尚香さんに聞くしかないかな……」
「なんで尚香に聞くんだ。俺様に聞けばいいだろ?」

戦に出たいと騒いではいるが尚香だって兵法などわかるはずはない。
一向に自分に頼ろうとしない花に、仲謀は苛立ちを募らせ見つめた。

「で? 何が知りたいんだ?」
「仲謀にもわからないことだよ」
「なんでわからないってお前がわかるんだよ」
「だって……」
無能だと決めつけられたようで眉をしかめると、立ち上がって傍へと歩み寄った。

「仲謀?」

「言えよ。何を知りたい」

「だから……」

「言わないとわからないかわからないだろ!」

「わかってるよ!」

「はあ? なんでお前がわかるんだよ。俺の頭の中でも覗けるって言うのかよ!?」

「覗けないけどわかるよ! 前に仲謀が知らないって言ったじゃない!」

苛立ちつい荒々しく問いただせば、返ってきた言葉に仲謀はきりりと眉をつりあげた。

「俺が何を知らないって?」
「……………」
「……お前なぁ。ここまで言っといてだんまり決めこむ気か? 言えよ!」
「……だから……しょ、初夜の……」
「はあ!?」
「だって婚儀までって言ったの、仲謀じゃない!」
思いがけない返答に顔を赤らめれば、花も同じく顔を赤らめ泣きそうな顔で反論する。

「この前私が邪魔しちゃったから、だから私がちゃんとわかってないとダメだよねって、だから調べようと思ったんだもん」
「………っ!」

花が言っているのは数日前のこと。
孫家では当主が結婚する時、ある備えがあった。
それは奥手の者が婚儀を結んだ後に困らぬように知識を得るための、ある意味儀式のようなものだったが、それを大喬小喬姉妹から聞いた花が泣きながら仲謀の初めては自分がいいと訴えにきたのだ。

「……のばかっ!」
「仲謀?」
「そんなの、俺に任せろって言っただろ!?」
「言ってないよ」
「言わなくても普通そうだろうが!」

花にリードされるなど考えようもないだろう! と仲謀は憤慨するが、まじめに心配していたらしい花は不満そうに頬を膨らませた。
しかし、どうしてそこで任せるという選択肢が浮かばないのか、そんなに自分は頼りにならなさそうなのかと、仲謀の方が泣きたい気分である。

「とにかく、お前は余計なことすんな! そんなこと聞いて回ったら許さねえからな!」
「仲謀、横暴だよ」
「うるせえっ!」

誰が婚約者に閨の聞き込みなどさせたかろう。
ふてくされる花を尻目に、仲謀は房中術が載っている本を頭の中で思い浮かべるのだった。
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