お酒にご用心

仲花5

鳥の囀りが聞こえる爽やかな朝。
いつものように自室のベッドで目覚めた仲謀は、気持ちよい目覚め……ではなく、上げかけた悲鳴を飲みこみ、目の前の人物を凝視した。

すやすやと、隣りで気持ちよさそうに眠っているのは、彼の婚約者である花。
しかし、婚約者といえど閨を共にしたことなどない、清らかな関係の二人……のはずが、下着姿で眠る花に仲謀は必死に昨夜の記憶を呼び覚ます。

昨夜は久しぶりの宴で酒を勧められるままに飲んでいた。
途中、すわり始めた仲謀の目に花がそろそろやめた方がいいんじゃない? と心配していた……気がする。
はっきりしないのは、かなり酒量を過ごしていたからだ。

(そういえば、あいつにも少しは飲んでみろよ、って勧めたんだよな)

始め、花は以前のように自分は飲めないと断っていた。
だが、婚儀の時に飲む必要があるとか、少し味を覚えるぐらいはしておけとか言いくるめて、渋る花に酒を飲ませたのだった。

「まさか、酒の勢いでやっちまったのか……?」

婚儀まではと、焦れる想いを必死に抑えていた仲謀。
よもや酒で箍が外れたのではと頭を抱えていると、部屋の外が騒がしくなった。

「ですから、いくら大喬様小喬様といえども、仲謀様の寝室に出入りするのは……」

「だって、大事件なんだよ!」

「そうだよ! 花ちゃんが部屋にいないんだよ? 仲謀にとって大事なことでしょ?」

兵と押し問答をしている声は十分聞き覚えのあるもので、仲謀は慌てて身を起こした。
こんな姿を見られたら何を言われるかわかったものじゃない。
だが、猪突猛進の姉妹に兵は守り切れなかったようで、着替える間もなく扉が開け放たれた。

「仲謀ー! 花ちゃんが……ああーっ!!」
「仲謀が花ちゃんを手籠めにしてる!!」
「してねえっ!」
「だったら、どうして花ちゃんが仲謀のベッドで寝てるの?」
「しかも花ちゃんのその格好……」
「うっ」

身に覚えは全くないが、とてもじゃないがいいわけができる状況でないことは明白で、詰め寄る二人に仲謀は言葉に詰まった。――と。

「……ん……」
「花ちゃん!」
「……大喬さんと小喬さん……?」
「花ちゃん、大丈夫?」
「おはようございます。大丈夫って何が? ……あれ? 仲謀?」
「お、おう」
「どうして仲謀が……」

寝起きで状況が把握できない花が身を起こすと、仲謀が慌てて駆け寄った。

「ば……っ! そのまま起きるやつがあるか!」
「え? なんで起きちゃいけな……い……」
真っ赤な顔で怒る仲謀に、花は首を傾げかけて、ふと違和感を感じ自身を見た。

「……っきゃあああ!な、なんで裸?」
「し、知らねえよ!」
「仲謀が花ちゃんを手籠めにしたんだよ!」
「花ちゃん大丈夫?」
「だから、してねえっていってんだろ!」
「とりあえず、着替えたいのでみんな部屋を出てください!」

言い合いを始めた仲謀と二喬に、花は布団を手繰り寄せながら叫んだ。

 * *

「…………」
「…………」
着替えた花に、部屋に戻った仲謀は、しかし気まずい空気に口を開けずにいた。

「……仲謀。もしかしして、昨夜私――」
「俺は……っ」
「――仲謀のこと、襲った?」
「―――は?」
思いがけない言葉に、仲謀は唖然と花を見た。

「だって、ここ、仲謀の部屋でしょ? もしかして、酔って仲謀の部屋に乗り込んだんじゃないかな、って」

「普通逆じゃないか……?」

「だって、さっき違うって大喬さんたちに言ってたでしょ?」

確かに連れ込んだ記憶はないが、女に手籠め(?)にされて記憶に残らないはずがない。

「お前、俺が無理やり連れ込んだとか思わねえのかよ?」
「仲謀は婚儀まで待つって言ってくれたもの」
「…………」
向けられる信頼は普段ならば嬉しいが、どこか腑に落ちないのは仕方ないだろう。……と。

「……あの、仲謀様。よろしいでしょうか」
「……なんだ」

人払いしたいところだが、いつまた二喬が飛び込んでくるかわからないため、部屋の前に残していた兵の呼びかけに、二人は揃って顔を向けた。

「昨夜、私が花殿をお通ししました」

「――は?」

「花殿は先に自室へ戻られましたが、その後仲謀様の部屋にいらしたんです。
以前、花殿はお通しして構わないと仰られていたので、そのままお通ししました」

「…………」

思わぬ事情説明に驚く二人に頭を下げると、再び部屋の外へと出ていった兵。
それらを呆然と見ていた仲謀は、はあ~と安堵の息を吐いた。

「ごめんね、仲謀」

「いや、構わねえ……が、なんで俺の部屋に来たんだ?」

「………覚えてない」

「は?」

「だから、酔ってたから宴から戻ったのも、仲謀の部屋に行ったのも、覚えてないの」

かすかな淡い期待はもろくも崩れ去って、仲謀はがくりとうなだれた。

「……お前、もう酒は飲むな」
「……そうする」

互いの酒癖を認識した二人は、酒量管理を誓ったのだった。
その後、花を(ついに)手籠めにしたといううわさはあっという間に広がって、仲謀の母から懐妊の確認をされた二人は再び赤面したのだった。
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