夏の孫家夫婦

仲花33

『暑気あたり』の後日談になります。

夏用の衣だと渡されたものにもやはりついているモフモフ。それは孫家の象徴らしく、仲謀はもちろん尚香も、彼等の母である呉夫人の衣にも必ずついていて、仲謀の嫁となった花にも当然モフモフ付きの衣が渡されていた。
しかしこのモフモフもといファーは、寒い冬ならばマフラー代わりに首元を覆ってくれるので温かくていいのだが、夏となれば話も異なる。
ただでさえ現代のようにクーラーなど存在しないので、もっぱら気力で暑さを乗り切るこの時代において、夏のファーなど暑い以外の何物でもなく、女官から渡された衣にため息しか出てこなかった。

「制服のスカートもダメだって怒られたし、着ないわけにもいかないよね……」

孫家の一員と受け入れられたことは嬉しいが、たとえ生地が薄く肌触りのよいものにかわっているとはいえ、やはりファーはその存在だけで暑苦しく、どうにも纏うことに気が進まなかった。

「花、いるか?」

ノックもなく開けられたドアに振り返ると、そこには予想通りに彼女の夫の姿があり、当然のようにファー付きの衣を着ているのに苦笑いがこぼれる。

「仲謀、どうしたの?」
「昼餉が済んだら出かけるから準備しておけよ」
「え? そんなこと昨日は言ってなかったよね?」
「なんだよ。何か用でもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「だったら問題ねえな」

用件を済ませるとサッサと出ていった仲謀に、予定は早めに言ってほしいよねとぼやきつつ夏用の衣を身につけると、昼餉を食べて彼の馬に乗せられて城を離れる。
何処に行くのだと聞いても、着けばわかるの一点張りで教える気はないらしく、それでも馬上は風が気持ちよく、また流れ行く広大な景色に先程まで夏の暑さにバテていた気分が晴れていく。
君主として忙しない毎日を送る仲謀ともなかなか共に出かけることなど出来ないので、突然のこの外出を楽しむことにした。 そうして何度目かの休憩を取ったとき、花はその景色に見覚えあることに気がついた。

「ねえ、仲謀。もしかして伯符さんの別邸に行こうとしてるの?」
「ああ。あそこなら水辺でお前も過ごしやすいだろ?」

今は亡き仲謀の兄である伯符が所有していた別邸は水辺にあり、昨年初めて訪れていた。それも暑気あたりをおこした花のためで、その時のことを彼が覚えていての外出なのだと気づくと、途端に申し訳なくなった。

「ごめんね、仲謀。忙しいのに無理させて」
「別に投げ出してきたわけじゃない。前々から調整していたからな。それに急ぎのものがあれば早馬が届く手配もしてある」
準備万端に整えられた休息はあくまで花のため。それでも、仲謀をはじめとして子敬や尚香など他にも花を気遣ってくれた思いが嬉しくて、素直にありがとうと感謝する。

「少し夏バテ……暑気あたりしてきてたから嬉しいよ。ありがとう、仲謀」
「また当たられたらかなわねえからな」
「う……それは忘れてよ」

昨年、あまりの暑さに切れて仲謀に当たってしまったことを引き出されて赤くなると、忘れねえと即座に返され、バツの悪さに視線をそらす。
それでもこうしてまた連れてきてくれる仲謀の優しさに、いい旦那様だなとつくづく思う。

「水辺だからいつでも水浴びし放題なのは嬉しいよね」
「あんまり調子に乗ってるとまた熱出すぞ」
「……気をつけます」

これまた過去の失敗談を出されて肩を落とすとハハッと笑われて、青空に映える金の髪と笑顔が目映くて目を細める。
思いがけずこの世界にきて、仲謀に恋をして、彼と歩むと決めてここに残った。
結果的に捨てることになってしまった元の世界のことが気にならないわけではないが、それでもこの世界で生きていくと決めたのは花だ。
仲謀を愛したことに後悔はない。だって彼はこんなにも花を愛し、慈しんでくれるのだから。

「仲謀、ありがとう」

ニコッと笑うとその頬に口づけて、真っ赤な顔で慌てる彼に立ち上がると、早く行こうと踵を返す。
後で覚えていろよと背後から聞こえた呟きは、馬の嘶きに花の耳には届かなかった。

20190615恋戦記ワンドロ作品【衣替え】
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