「やっぱりないよね……」
ふうとため息をつくと、他に考えを巡らせる。
年が明けて落ち着いた頃、ふとバレンタインデーを思い出した花は仲謀にチョコを贈ろうと思ったが、やはりというかこの時代にチョコなどあるはずもなく、途方にくれていた。
こちらの世界にはない習慣なのだからあげなくても構わないのだろう。
それでも一度意識してしまえばどうしてもあげたくなってしまい、代替案を模索する。
「甘いものなら餡で代用すればいいかな?」
しかしただ餡を丸めてトリュフのようにしても味気ないだろうし、かといって職人のように華やかに飾ることなど不可能だろう。
それにやはり餡は餡であってチョコではない。
そんな妙なところでこだわってしまい、うんうん唸っていると、大喬小喬姉妹に声をかけられた。
「花ちゃん、どうしたの?」
「なんか唸ってるよね?」
心配、というよりは好奇心から目を輝かせる姉妹に苦笑すると、花は事情を説明する。
「バレンタインデー?」
「はい。私のいた国ではこの時期に女の人がチョコという甘いものを男の人に贈る習慣があるんです。でもチョコはこの国にはなくて、どうすればいいか悩んで……」
「聞いたことないお菓子だよね。でも、どうして女の人が男の人にあげるの?」
「それは……普段のお礼だったり、告白する人もいて」
「告白?」
「花ちゃん、仲謀に好きだって言いたいの?」
「い、いえ! そんなつもりじゃなくて……っ」
「だったら仲謀以外?」
「うわー仲謀が知ったらすごく怒るよね」
「違います! あげるのは仲謀だけど、告白したいわけじゃ……」
「――告白がなんだって?」
姉妹の追求に慌てると、後ろからムッとした声が聞こえて、振り返るとそこにいたのは仲謀だった。
「仲謀! 執務は?」
「一区切りついたから休憩だ。それよりどういうことだよ、告白って」
「修羅場だ!」
「仲謀が焼きもちやいてるー!」
「うるせえ! お前らはあっちに行ってろ!」
「仲謀横暴!」
「そんなんだから花ちゃんから告白されないんだよ」
不満をこぼしながら追い出された姉妹はきっちりその場に爆弾を投げ入れていき、ますます機嫌が悪くなる仲謀に花は頭を抱えた。
「告白。俺にはしたくないのかよ」
「そうじゃないけど告白は……片思いの相手にするものだから、私が仲謀にするのはおかしいよね?」
今や花はれっきとした仲謀の奥方なのだからと彼を見るも、ムスッとした態度を崩さない様に納得していないことを知る。
「お前からはなかったよな」
「え? あ、うん。だって……」
仲謀が先に言ってくれたから、と続けると眉がつり上がって、言えよと促される。
「え?」
「俺ばっかりっていうのも不公平だからな。お前も言えよ」
「ええ!? で、でも……」
「でももへちまもねえ。言え」
絶対引かないという意思を感じて眉を下げると、しばし考えて仲謀を見る。
「じゃあ……バレンタインデーに」
「は?」
「仲謀が言ったんじゃない。告白するのはバレンタインデーだから、その時に言うよ」
「……っ、絶対だからな。約束を違えたらただじゃおかねえからな」
不満ながらも渋々了承する仲謀に、ますますバレンタインデーの代替品に悩む花が騒動を起こすのは、この後しばらくした頃のことだった。
20190210恋戦記ワンドロ作品【バレンタイン】