「わあ! 可愛いドレスだね」
とある日のお茶の席。
新しい衣を身に纏った尚香に、花は微笑んだ。
柔らかなピンクの衣は春らしく、元より美しい尚香を艶やかに彩っていた。
「はい。先日兄上がよい布が入ったと下さったんです」
「そう、なんだ」
一瞬口ごもってしまったのに気づいたのだろう、尚香は不思議そうに花を見た。
「花さんも兄上からもらったんじゃないんですか?」
「ううん。……きっと私には似合わないって仲謀は思ったんだよ」
「そんなはずありません。だってあの時……」
尚香が何かを言いかけた時、突然部屋のドアが開いて仲謀が現れた。
「おい花……なんだ尚香、お前も来てたのか」
「はい。あの、兄上……」
「出かけるぞ」
「え? 仲謀?」
手を取るやずんずんと歩いていく仲謀に、花は目を白黒させながら離れていく尚香に謝った。
* *
「仲謀、強引だよ」
「なんだよ。俺と出かけたくなかったのかよ」
「そうじゃないよ。でも、尚香さんが来てたのに……」
「何か土産でも買ってけばいいだろ」
「もう……」
相変わらずの俺様ぶりにため息をつくと、花は店の商品に目を向けた。
なかなか市井に降りる機会がないため、自然と胸が弾んでいく。
「仲謀様ー!」
「えっ!? きゃー本当だわ! 仲謀様がいらっしゃるわよ!」
甲高い声が上がった途端、どどっと押し寄せてきた女性たちに、気づけば花は輪の外へと追い出されていた。
(あ……あの子、可愛い……)
仲謀を取り囲む女性たちの華やかな衣装。
美しい玉をあしらった耳飾りや首飾り、ひらひらと柔らかそうな衣が女の子らしく、ついつい見惚れてしまった。
「……い…」
(やっぱり私、子供っぽいのかな…)
「お……は……」
この世界に来た時と変わらず、制服の上に外套を羽織った自分の姿にため息をついていると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「きゃっ! ……仲謀?」
「何度呼ばせる気だよ」
「え? あ、ああ、ごめん。ぼうっとしてた」
「……何考えてたんだ?」
「たいしたことじゃないよ」
「だったら言えよ」
問いつめられるも口にするのを躊躇ってしまう。
(話したら頂戴ってねだってるみたいだよね……)
尚香に贈られて自分には贈られない。
それは仲謀が必要ないと判断したからだろう。
それならば、そのことを告げることはねだることになってしまうのではと、花は口を開けずにいた。
「怒ってるのかよ」
「……え?」
「お前を一人っきりにしちまっただろ」
「あ……うん。大丈夫、だよ」
先程の騒動を思い出して顔を陰らせると、ぐいっと胸の中へと抱き寄せられた。
「ち、仲謀っ!?」
「……大丈夫とか言うなよ」
「?」
「俺が他の女に言い寄られてもお前は大丈夫なのかよ」
「あ……」
仲謀の傷ついたような瞳に、花は自分がした失言に気がついた。
「大丈夫じゃない。本当は……寂しかった」
本心を告げれば、抱き寄せる腕の力が強まって。
間近に感じるぬくもりに、哀しみや不安がゆるりと溶けていく。
「最初っから素直にそう言え。馬鹿」
「馬鹿ってひどい」
「平気なふりする奴が悪いんだろ」
「う……」
「俺が好きなのはお、お前だけなんだからな!」
「……うん」
視線をずらしながら告げられた言葉に、その胸に顔を埋めて小さく頷く。
「行くぞ!」
「行くってどこへ?」
そういえば市井に来る理由を聞いていなかったと今更ながらに気づくが、仲謀は眦を朱に染め行けば分かるとしか教えてくれず。
花は連れられるまま店に入った。
(布屋さん?)
色とりどりの布が所狭しと置かれた店を見渡せば、主人が恭しく一つの衣を差し出した。
「わざわざ足をお運び頂くなど恐れ多い……後ほどお届けしようと……」
「構わない。俺が急いただけだ」
恐縮する主人から荷を受け取ると、仲謀は花へと差し出した。
「え?」
「これはお前のなんだよ」
「ええ?」
押しつけるように渡された荷に驚き仲謀を見上げると、さっさと見ろと怒鳴られ。
慌てて解いた中には淡い水色の美しい衣が一つあった。
「これ……私に?」
「そうだって言ってんだろ」
「いいの?」
「ああ」
何度も確認して仲謀を苛立たせるが、それでも嬉しくて聞かずにはいられなかった。
「ん? お、おいっ! なんで泣いてんだよ」
「嬉しいからだよ」
衣を抱きしめ涙を流す花に、ぐいっと抱き寄せた。
「そんなに嬉しいならいくらでも買ってやるよ」
「ううん。これで十分だよ」
「なんでだよ」
「衣が欲しいんじゃなくて、仲謀が私のために仕立ててくれたから。だから嬉しかったの」
「……っお前は」
「?」
「そういう可愛いことをこんなところで言うんじゃねえよ!」
「仲謀?」
「……帰るぞっ」
行きと同じく引きずられるように城に戻ると、直行した部屋に入った瞬間唇が振り落ちた。
「仲謀……」
「お前の責任なんだから、ちょっとは協力しろよな」
わけのわからないいいわけに、再度重なった唇はしかし態度と裏腹に優しい。
と、ドタバタと慌しい物音が近寄ってきた。
「花ちゃんいるー?」
「あ、仲謀が花ちゃんかどわかしてる!」
「仲謀えっちー」
「ばっ……! お、俺たちは婚約してるんだからいいだろっ!」
「えっちー」
「えっちー」
大小にはやし立てられて顔を真っ赤に染めた仲謀は、うるせえ! と二人を怒鳴り散らす。
そんな喧騒の中、一人花は幸せに浸るのだった。
* *
「花さん、とてもよく似合ってます!」
「そ、そうかな? ありがとう」
「なんで俺より尚香が先に見てんだよ!」
「あ。ご、ごめん仲謀」