ホワイトデー

仲花13

花から手作りの菓子を贈られて、照れながら礼に何を返そうかと悩んでいた仲謀に告げられた花の国の風習。

『バレンタインデーのお返しは、1ヶ月後のホワイトデーにするんだよ』

なぜその場ではなく1ヶ月後なのか理解できなかったが、その言葉通り仲謀はバレンタインの礼にと、1ヶ月後の今日花と市井に下りる約束をしていた――が。

「……っ、これ、今日中に終わる量かよっ!」

机に積み上げられた書簡に募る苛立ち。
何とか今日出かけられるようにと、バレンタイン翌日から仕事を調整していたのだが、今朝になって急ぎの案件が届き、こうして執務机に向かわざるえなくなっていた。
本当だったら今頃花と2人で店を見て回る予定だったのにと思うと、よけいに腹が立ってくる。

君主である以上、これは自分の責務である……それは重々承知していた。
それでも、出かけられなくなったことを告げた時の花の表情が胸に焼き付いて、よりいっそう仲謀を急きたてた。

花はめったにわがままを言うことはない。
だからこそ、このささやかな約束は守りたかったのだ。
市井に下りることは無理でも、せめて花と過ごせる時間を――そう思い、必死に筆を進めていると、いつしか日は落ち、部屋に明かりが灯された。

「くそ……っ!」
顔を歪めると、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
と、ドアを叩く控えめな音が耳に入った。

「なんだ? 子敬か?」
腹心の名を口にすると、開いたドアから現れたのは予想外の者だった。

「………っ」
「ずっと仕事してたんだね。……入ってもいい?」
「あ、ああ」

入室の許可を確認する花に頷くと、おずおずと入ってきた彼女に一気に緊張が高まる。
本来ならば今日は花と市井に下りる約束だったのだから。

「ねえ、仲謀。これ、なに?」
「あ? ああ、それは子敬が置いてった茶菓子だ」
「お菓子なの?」
「食べたきゃ食べていいぞ」

テーブルに置かれた菓子を物珍しそうに見つめていた花は、そっと手に取るとうわっと驚きの声を上げた。

「ふわふわしてる。これ、本当にお菓子なの?」
「そうだって言ってるだろ。……なんだ、お前、食べたことないのか?」
「うん」
「食ってみろよ。お前、甘いもの好きなんだろ」

促された花はわずかに逡巡したのち口に運ぶと、再びうわっと声を上げた。

「すごい。しゅわっと口の中で溶けたよ!」
「そんなに珍しいかよ」
「珍しいよ。なんか綿あめみたい」
「わた……あめ?」
「私の世界にあるお菓子で、ふわふわしていて雲みたいなの。あ、中に何か入ってる。ピーナッツかな?」

もごもごと口を動かしつつ驚く花に、仲謀は同じく菓子を手に取ると口に放った。
確かに周りの部分はすぐに溶け、中は砂糖や落花生が入っていた。

「美味しいね。あ、私、お茶淹れるよ」
「あ、ああ」

にこにこと上機嫌で茶の支度に身をひるがえした花に、仲謀は椅子に腰を下ろすと残った菓子に目をやった。
朝、外出が中止になったことを告げた時の悲しげな顔は消え、嬉しそうに菓子をほうばる花の顔はいつもの彼女だった。

「こんなもんでいいのかよ……」

もしも花に予定をひるがえされたら、きっと自分は一日気分を害しているだろう。
そういうところが我ながら幼いと思うが、こればかりは一朝一夕で直るものでもない。

「……今日は悪かったな」
並んで茶を飲みながら詫びを口にすると、花はううんと首を振った。

「仕方ないよ。仕事だもん」
「バレンタインとやらのお返しもできなかった」
「さっきもらったよ」
「は?」

花に何かをやった覚えはないと眉を歪めると、花はテーブルの上の菓子を手に取った。

「そんなの、お返しにならねえだろう!」

「バレンタインデーの贈り物は特に決まってるわけじゃないよ。それに、マシュマロを返す人も多いし」

「マシュマロ?」

「このお菓子みたいにふわふわしたお菓子だよ。だから、ちゃんと仲謀から今日お返しをもらったよ」

にこりと微笑む花に、仲謀ははぁと深く息を吐くと、くしゃりと髪をかき上げた。

「明日。行くぞ」

「え?」

「だから、明日は市井に行くぞと行ったんだよ」

「でも、大丈夫なの?」

「ああ。これは今日中に終わらせる。他のは済ませてあるからな」

「無理しないでいいよ」

「無理じゃねえ! ってか、そんなもんが礼だと思われるなんざ孫家の名が折れる。ちゃんとしたものを選んでお前にやるよ」

「……仲謀って頑固っていうか、負けず嫌いだよね」

「ああ? 何か言ったか?」

「ううん」
ずっと茶を飲む仲謀に首を振ると、ありがとうと微笑んだ。
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