「もみじ?」
花の話に、仲謀は訝しげに眉を寄せた。
「紅葉狩りって、こっちの人はしないのかな?」
「もみじ狩り? それって狩猟なのか?」
「違うよ。紅葉……赤く染まった木を見るの」
木を見て何が楽しいのかと思うが、花の嬉しそうな様子に仲謀はそれを口にはしなかった。
「この時期、木々が紅く染まるでしょ? 紅葉の山とか行くと結構綺麗なんだよ」
「「仲謀!」」
けたたましい音と共に開かれたドアに、飛び込んできたのは大喬小喬姉妹。
「紅葉狩り! 行こう!」
「花ちゃんが喜ぶよ! ね?」
「うるせーぞ! 大小!」
二人きりの甘い時間があっという間に騒々しい場に変わり、仲謀は苛ただしげに姉妹を睨みつけた。
「ふぉっふぉっふぉ。確かにこの時分は木々が色づき、美しい景観を見せてくれますな」
「子敬? なんだ、お前まで」
「そろそろ執務室にお越しいただけないかと伺ったのですが、たまには美しい景観で心休めることも必要かと、そう思いましてな」
「そうだよ! 仲謀働き過ぎ!」
「花ちゃんのこともたまには構ってあげないと!」
子敬に同調して促す姉妹に、仲謀は頭をかきながらちらっと花を見つめた。
「……行きたいのか?」
「え? 別に、どうしても行きたいってわけでは……」
「行きたいよね?」
「行きたいよね? 花ちゃん」
仲謀の問いに困ったように口を開くも、両隣りからは期待に満ちた眼差し。
「――行きたい、かな?」
「「わーい!」」
「こら! まだ行くとは決めて……あ~くそっ!」
勝手に進んでいく紅葉狩りに、仲謀は苛ただしげに立ち上がると子敬を促しドアへ向かう。
「とりあえずその話はまたな」
「あ、うん」
ため息をつきつつ振り返った仲謀に頷くと、去っていく背中を見送った。
* *
それから数日後。
なんとか仕事に区切りをつけ、仲謀と花は近くの山へ出かけた。
もちろん、大小姉妹に尚香・子敬も一緒だ。
「あの……私たちもご一緒して良かったのでしょうか?」
「もちろんだよ。みんなで出かける方が楽しいよ」
「でも……」
ちらりと兄へ視線を移せば、どこか不満げな表情。
しかしこういった流れになると渋々ながら諦める兄であることを知っていたから、尚香は心の中で謝りつつ初めての紅葉狩りに心浮き立つ。
「うわあ……!」
子敬から教えられた場所にたどりつくと、辺り一面に広がる紅の景色に花は感嘆の声を上げた。
「すごいね、仲謀!真っ赤だよ!」
「ああ。確かに綺麗なもんだな」
あまり乗る気でなかった仲謀も、実際紅葉した木々を見て、花が紅葉狩りに興味を持っていた理由を悟った。
「あんまり遠くに行くんじゃねえぞ!」
「「はーい!」」
あてにならない返事にため息をつくと、護衛の兵士に目配せをして供を頼んで、花の隣りに腰かけた。
「ありがとう、仲謀」
「別に、礼を言われることじゃねえよ」
「でも、無理して時間作ってくれたんでしょ?」
孟徳が中原を諦めたわけではなく、仲謀はその動向に気を配りながら、亡き父や兄の悲願を別の形で叶えるため日々努力していた。
「綺麗なもんだな」
「え?」
「最初は染まった木なんか見て何が楽しいんだと思ったんだけどよ。……お前が勧めるのもわかった」
仲謀の素直な感想に微笑むと、花は傍に落ちていた葉を二枚拾って、そのうちの一枚を仲謀に差し出した。
「なんだよ」
「今日の記念。書の間に挟んで押し花にしよう」
お揃いだよ、と笑う花に、仲謀の頬がうっすら赤らむ。
「……くそっ。だから、どうしてそんなに可愛いんだよっ」
「仲謀? 何か言った?」
「なんでもねえ!」
小首を傾げる花に、仲謀はわき上がる欲望を必死に堪えた。