トキメキの未来予測

春芽9

春草さんに手を引かれて着いた先で、私は目を丸くした。二人で暮らすと聞いていたのでもっとこぢんまりとした家を想像していたのだが、目の前の家は二人で住むには十分過ぎるほどの大きさで、本当にここが新居なのかと春草さんを見つめてしまった。

「鴎外さんの屋敷とは比較にもならないだろうけど……」
「そんな……っ、思っていたよりも大きな家なので、本当にここで合ってるのか驚いただけなんです」

私の視線の意味を誤って捉えたらしい春草さんにぶんぶんと首を振り慌てて訂正すると、なら良かったとホッとした様子で先程の鍵でドアを開けた彼に入ってと促される。反射的にお邪魔しますと声をかけると彼の眉が歪んで、「違う。……ただいま、だよ」と訂正された。ここは私達の家なんだからと言われれば確かに「お邪魔します」はおかしいかと、気恥ずかしながらも「ただいま」と言うと、嬉しそうに微笑んでくれたのに胸がきゅんと高鳴る。
居間や台所など順に説明を受けながらも、どこかふわふわした気持ちが抜けなくて、夢心地ってこういうことを言うんだろうなぁと思っていると手を引かれて、「……ここが寝室」と抱き寄せられて鼓動が跳ね上がった。
鴎外さんの屋敷では洋室だったよねとか、和室でも春草さんが今使っている部屋とはまた違うなぁとか、そもそもどっちの寝室なんだろうとか、そんなことより「寝室」という生々しい言葉にどうしようもなく動揺していると頬に手を添えられて。降り落ちてきた口づけに鼓動が高鳴ると、そっと耳元に囁かれる。

「……ねえ、さっきの続き、してもいい?」
「!!!」

彼が言う「さっき」が何を指しているのか瞬時に理解して顔が赤くなる。頷くことも首を振ることも出来ずにいると再び唇が重なって、滑り込んできた舌に絡めとられて頭がじんと痺れてくる。上顎の裏を舐められ、歯列をなぞられて、引っ込めた舌を絡めとられてたどたどしく絡め返す。そんな深い口づけをどれくらい繰り返していたのか、離れた春草さんに乱れた呼気を吐き出すと背に手が差し込まれて、気づくと押し倒され彼を見上げていた。

「そんな可愛い顔されたら……止められない。いい? 芽衣」

はらりと前髪が降り落ちて益々色気がアップした春草さんに思わず頷きかけるが、ハッと思い返してだめです!と胸を押す。今はまだ陽も高く、先程窓だって開けていた。鴎外さんやフミさんだって待っているだろうし、これ以上のことをした後に二人に何でもない顔で会う自信などありもしなかった。

「しゅ、春草さん待ってください!」
「……嫌なの?」
「嫌と言うか、まだこんなに陽も高いですし!」
「俺のこと、嫌い?」
「……! そんなわけないです!」
「だったら……」
「でもそれとこれとは別です!」

頬から首筋を撫でられびくりと身を震わせるが、ここは流されるわけにはいかないと必死に抵抗すると、ようやく諦めてくれた春草さんが恨めしげにこちらを見る。

「……後で覚えておきなよ」
「! さ、さあ帰りましょう! 私、フミさんのお手伝いしなきゃいけないですし!」

身を起こした彼の下から素早く逃げ出すと、開けっ放しだった窓に駆け寄ろうとして手を取られ、引かれてバランスを崩して倒れこむ。

「引っ越しは今度の休みの日にするから。鴎外さんにももう話してあるから延期は無理。ーーだからその時は止めないから、覚悟していて」

囁かれた内容に顔を赤らめると、満足そうに微笑んで「ほら、帰るよ」と窓を閉める春草さんに、今からその日を意識して高鳴る鼓動にあたふたするのだった。

20190528
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