褌騒動

春芽7

褌騒動があってからというもの、妙に気まずくて芽衣は春草と顔を合わせられないでいた。

(うう……本当にわからなかっただけなのに……)

痴女呼ばわりされたのはさすがの芽衣も恥ずかしく、思い出しては顔が真っ赤になっていた。
確かに鴎外の褌(というよりは褌姿)を見たことはあった。あったが、それもサンルームで突然行われる行水のせいであり、芽衣としては不可抗力の産物なのでもちろんまじまじと見つめたことはないし、そもそも現代で目にすることはなかった褌を褌だと認識できないのは仕方ないと、誰となく言い訳する。
それからというもの、洗濯の手伝いはもっとも苦手なものとなってしまった。もちろん居候の身では仕事を選別するなど我が儘も出来ず、極力見ないように取り込むようにしてはいたが、やはり春草の言葉の威力は絶大でどうしても顔が紅潮してしまう。

(これはただの洗濯物……これはただの洗濯物だから……)

必死に言い聞かせながら素早く取り込むと、籠いっぱいの洗濯物を屋敷の中に運ぶ。

「う……結構重い……」

今日は天気がいいからと、シーツ等も洗ったからだと原因に思い至りつつ、ヨロヨロと歩いていると「うわっ!」という声と共に衝撃を受けて後ろに転ぶ。

「いたた……っ」
「君、前ぐらいちゃんと見て歩きなよ」
「すみません、洗濯物がいっぱいで前がよく見えなくて……」

ちょうどサンルームに入ってきて、定位置に座ろうとしていた春草の存在に気づけずにぶつかってしまった芽衣は、頭を下げると差し出された手に目を丸くする。

「……ほら、手。早く出しなよ」
「え? あ、はい」

言われるままに手を差し出すと引き起こされて、春草が散らばった洗濯物を集めてくれる。

「外だったらまた洗い直しになるところだよ。もう少し回りに気を配りなよ」
「はい。すみません、ありがとうございました」

洗濯物を受け取ると傍らに腰かけて、丁寧に一つずつたたんでいく。そうしてある洗濯物のところで手を止めると、チラリと春草を見る。嫁入り前のお嬢さんと言うことで、洗うのはフミさんがやってくれているのだが、午後は夕餉の支度もあり、芽衣がたたむことが多かった。必然それには褌も含まれていて、以前春草に言われた言葉に迷ってしまう。
そんなふうに逡巡していると気配を察知したのか、こちらをチラリと見て眉を潜められる。

「……なに? 手伝えっていいたいの?」
「い、いえ、そういう訳じゃ……」
「だったらなに?」

問われてもまさか「褌たたんでもいいですか?」などと聞けるはずもなく、目を泳がせているとこちらへ彼が近寄ってくる。

「……君、本当にそういう趣味なわけ?」
「違います! だって春草さんが、自分の洗濯物には触らないでって言うから……っ」

手元の褌に目を据わらせる春草に、ぶんぶんと首を振って必死に否定すると、サッと奪い取って他の洗濯物と一緒に持つと彼が立ち上がる。

「春草さん?」
「俺のは自分で持っていくから。鴎外さんのも早く」
「あ、はい」

早口に急き立てられて、慌ててたたんでおいた鴎外の洗濯物を渡すと、踵を返した春草の耳が一瞬目に入って。

(春草さんの耳が赤い?)

それはつまり、彼が照れているということで、目をパチクリ瞬く。
芽衣もだろうが当然嫁入り前の女性に下着を触らせるなど春草にとっても恥ずかしいことで、彼の以前の言動も照れ隠しだったのだと気づくと心が軽くなる。

「良かった……」
「何が?」
「え? あ、いえ、なんでもありません!」

訝しげに振り返った春草は、けれども深くは追及せずにサンルームを出ていく。扉が閉まる直前に「ありがとう」と聞こえた声に振り返るがすでにその姿はなく、森邸の褌騒動(または芽衣の痴女疑惑)は幕を下ろしたのだった。

20190513
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