微睡みからゆっくりと浮上する意識に呼応して目蓋を開けると、飛び込んできた景色に一瞬で目が覚めた。
すぐ隣で眠る存在。それは芽衣がこの明治の世に残ることを決めた大切な人――春草さん。
穏やかな呼吸を繰り返す肩は緩やかに上下していて、普段一つに纏められている髪は結わい紐をほどいて真っ白な布団の上に広がっている。
眠っているだけでこんなにも綺麗で色っぽいなんて、なんかずるいと顔を赤らめながら拗ねていると「ん……」と吐息がこぼれて、ゆっくりと若草色の瞳が芽衣を映す。
「……おはよう。君の方が先に目覚めてるなんて珍しいね」
「そ、そうですね」
「……? なに変な反応してるの?」
「そ、そんなことありませんよ」
「……ふぅん」
寝起き特有の掠れた声で、それでも目敏く私の機微を見逃さない彼から視線をそらすと、顎に指が触れて。彼に視線を戻されると同時に、唇が重ねられた。
「……んっ」
ちゅっと軽くついばむような口づけを繰り返して、最後に少し食むように吸われ覗きこんだ春草さんの目には意地悪な光が浮かんでいる。
「……ねえ、ん……、本当に……ふ、何でもないの?」
さらに続く口づけの合間に問われて、けれども答える間などくれないから、与えられる甘い熱に翻弄されて意識がぼうっと霞んでくる。少し身を離した彼を無意識に見つめると、下ろしたままの髪が肩からいく筋かこぼれている様があまりにも艶めかしくて、ドクンと鼓動が跳ね上がった。
「顔、真っ赤だよ」
「……っ、だって春草さんが……」
「俺が? なに?」
「……っ!」
「芽衣。教えて」
まだ重たげな目蓋も、こぼれる髪も、濡れた唇も、鼓動を高鳴らせるばかりで目をそらしたいのに、頬に添えられた指先はそれを許してはくれないから、芽衣は目を泳がせるのも限界でポツリと「色気が駄々漏れなんです……」と白状した。
「……は?」
「だから、起き抜けの春草さんの色気が駄々漏れ過ぎて、目を合わせられないんです! ずるいです、どうしてそんなに色っぽいんですか!?」
開き直って思っていることをぶちまければ、想像外だったのか、瞳を瞬いた春草さんは呆れたように吐息をこぼす。
「……それ、男に言うこと?」
「春草さんが色っぽいのがずるいんです」
自分は悪くないと繰り返せば、今度は大きくハッキリとため息をつかれて、じとりと視線が向けられる。
「君はさっきからずるいって言うけど、どうずるいの?」
「どうって……寝てるだけでそんなに色っぽいんですよ? ずるいに決まってます」
芽衣の返しは、しかし理由の説明にはなっていなくて、春草さんは三度目のため息をつく。
「ずるい、ね。……だったら、俺が朝から君を誘惑したってことでいいの?」
「え? 誘惑?」
「君は、俺にどきどきしてるんでしょ?」
芽衣の言い回しを真似た表現に、そうかな?と首を傾げつつ頷けば、にやりと微笑まれて。あ、これはまずいと思った瞬間、隣から見下ろされる状況に変化する。
「だったら、誘惑した責任を取るよ。それなら文句ないだろ」
「いや、あります!」とか「そうじゃなくて!」とか、抗議する前に唇を塞がれて。口づけを繰り返せばすぐに翻弄されて、目を潤ませて春草を求めてしまうことを知っていて行動する彼に、「確信犯」の文字と「口は災いのもと」の文字が浮かびながら、甘い嵐に巻き込まれていくのだった。
20190506