壁ドン

春芽21

「ねえ。この『壁どん』ってなに?」

春草さんの手にあるのは私が何気なく買った雑誌で、彼が指し示すページを見て言葉に詰まった。
そこに特集されていたのは、『壁ドンを越えたトキメキシチュエーション!』というもので、床ドンや肩ズン、顎クイに頭突き、肘ドンと、芽衣でも聞いたことのないようなものが並んでいた。

「え、と壁ドンというのは、相手を壁際に追い詰めてドンってやるもので……」
「それ、言葉そのままだよね。意味が分からないんだけど」
「ですよね……」

いざ言葉で説明してと言われても難しく、ならばとちょっとこっちに来てくださいと、壁際に春草さんを連れていく。
そうして壁に背を預けてもらうと、えいや!と彼の顔の横に手をついた。

「これが、壁ドンです」

身長差でやや下からの壁ドンは、少女漫画の該当シーンとはどうもイメージが違ったが、やってることは間違ってないと彼を見ると、冷めた目で見返される。

「……これ、君もときめくの?」
「え? ……どうでしょう?」

やられるならまだしも、やっている今の状態でときめくかと聞かれたら、いまいちと答えるだろうと曖昧な返答になると、「何それ」と眉をしかめられる。

「だって、これは本来女の人が男の人にやられるものですから、逆バージョンだとしっくりこないと言うか……」
「なら俺がやればいいの?」
「へ?」

言うや腕を引かれて壁に押しつけられると、ドンッと手が置かれて、春草さんの端正な顔が間近に迫る。

「……どう? これなら本の通りだろ」

はらりと、前髪が落ちる様を目の前に見て、ドクンと鼓動が暴れだす。

「わ、わかりました。わかりましたから、もういいです!」
「わかったってどういう意味? ときめいたってこと?」
「……! ううっ……そう、です」

認めるのは恥ずかしいが、誤魔化すのも赤くなっているだろう顔では無理だと頷くと、「そう」と拘束が解かれて。
ホッと顔を上げると、春草さんが顔を背けた。

「春草さん?」

覗きこむとほんのりと頬を染めた姿に、彼も恥ずかしかったのだと悟る。

「こ、これは一般論というか、私達は私達でいいんじゃないんでしょうか?」
「……そうだね」

互いに顔を背けて言い訳を口にするも、しばらく視線を合わせることが出来なかった。

20191122
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