彼女の唇に触れた瞬間、早鐘を打っていた鼓動が大きく跳び跳ねて、柔らかいと感じた感触を絶え間なく味わいたくて、唇を離せなくなる。
ギュッと閉じられた瞼は細かに震えていて、僅かに空いた隙間で苦しげに呼気をこぼす様が艶かしくて、喘ぐ口を塞ぐと舌を絡めとって、鼻からこぼれる甘い声に急き立てられるように、深く何度と舌を絡める。
こんな衝動、初めて知った。
ずっとこの声を聞いていたい。
この感触を、体温を、鼓動を感じ続けていたい。
他人に触れたいなんて今まで感じたことはなかったし、実際こんなふうに触れたのは彼女が初めてだった。
彼女以外なんて考えられない。
こんなふうに触れたいと思うのは彼女だけ。
口づけはもちろん、舌を絡めて吐息まで食んで、それでも衝動は収まるどころかますます膨らみ、もっとと彼女を求めている。
その衝動を抑えられずに呼吸する隙間さえ塞いでしまうと、彼女の眉が苦しげに歪んで、しばらくの後に唇を離すと、ぷはっと気の抜けた呼気を吐き出し、空気を求めて喘ぐ彼女が瞳を潤ませ見つめてくる。
「も……苦し……」
「…………っ」
そんなふうに見つめられたら止められるわけがない。
だから彼女の訴えに「無理」と簡潔に一言呟くと、抗議の声が返る前に再び塞いで、甘い吐息に酔いしれる。
衣を握る彼女の指先に力が入るのさえ、鼓動を早めるものでしかなく、眦に浮かぶ雫にさえ高ぶってしまう。
口づけだけでこんなにも揺さぶられるのなら、その先はどうなってしまうんだろう?
その先の行為を知ってはいる。
興味がなくとも男ばかりの学校となれば嫌でも耳に入るのだ。
けれども知識と経験は別物で、まだ俺はそうした経験はないし、したいと思ったこともなかった。
けれども今、感じているのはそういった欲なのだとわかってしまう。
もっと触れたい。もっと声を聞きたい。
帯留を外して、衿を開いて、彼女の肌の滑らかさを感じたい――。
そうはっきり自覚した途端、バッと顔が一気に赤くなって、彼女から離れる。
「は……はぁ……春草、さん……?」
突然離れた俺に、呼吸を乱れさせながら不思議そうに彼女が見る。
けれども目を合わせられなくて顔を背けると戸惑う気配が伝わってきて、どうすればいいかと悩む。
彼女に触れたい。
その唇をまだ味わっていたい。
けれどもこのまま口づけをしていたら、きっとそれだけでは済まなくなる。
俺と彼女はまだ好きだと想いを伝えあったばかりで、将来を誓い合った仲でもない。
この先を生きていくのに彼女と以外なんて考えられないけれども、まだ言葉にしてはいないのだから。
そう必死に自分に言い聞かせて理性で衝動を抑え込むと、彼女を振り返って様子を見る。
俺の変化に戸惑い、眉を下げてる様子はさながら小動物のようで愛らしく、「なに?もっとして欲しいの?」なんて普段通りに意地悪く問うてしまう。
なのに君は顔を真っ赤に染めて俯くから、必死に抑え込んだ熱が再び膨らみそうになる。
そんな顔をしないでよ。
優しくしたいし、大切にしたいと思ってるのに。
同時にもっと彼女の全てを暴いてしまいたいと、そう訴える衝動は今にもこの手を伸ばしてしまおうとするのだから。
「ほら、菫を見たいんだろ? そろそろ時期も終わりだから、今日行かないと見れないかも」
「あ、はい。行きたいです」
約束を思い出して口にすれば、パッといつもの表情を浮かべた彼女に少しだけ残念に思う。
空気を変えたのは自分なのに、あの甘い一時を惜しんでしまう。
そんな煩悩を振り払うと、菫が咲いていた場所を思い返す。
そこにふと浮かんだ白い花。
小さくて風に柔らかく揺れる様は愛らしく、ふと彼女の面影が重なった。
今度は鈴蘭を見せようか。
もう少ししたら咲き始める鈴のような花を思い浮かべながら、隣を歩く彼女の手を取った。
20190804