思春期

春芽13

女性の綺麗な着こなしは、体型がわからないように着付ける。
それが世間一般の常識で、だから春草もことさら女性の体型について意識したことは今までなかったし、そもそも女性に興味がなかった。
そんな彼に友人らはその年で枯れてるのかと失礼なことを言ってきたが、絵を描ければそれでよく、他の雑事に気を取られることは煩わしいだけだった。
けれども今、春草は芽衣の手を引き、鹿鳴館から連れ出していた。
建前とはいえ鴎外の婚約者である彼女を。
それは鴎外と彼の親戚の諍いに巻き込みたくなかったからなどではなく、ただ自分が彼女を鴎外の婚約者だと認識されたくなかっただけだった。
そして感情のままに連れ出したことに認めざる得なかった。
自分は彼女が好きなのだと。

暗いとはいえここは路上で、思いを伝え合ったとはいっても、このような場所で口づけを交わすなど破廉恥な行為だとわかっていても堪えきれなくて、何度となく繰り返す。
どれほどそれを繰り返しただろう。ようやく衝動が落ち着き、帰らなければと冷静に頭が働きだしたところで、改めて彼女の今の格好に気がつき、慌てて上着を脱いでかけた。

「春草さん?」
「陽も落ちたしそんな格好じゃ寒いだろ。ちょっと見映えは悪いだろうけど着てなよ」
「え、でもそれじゃ春草さんが寒いですよね? このドレス裾が長いし、私なら大丈夫ですから」
「いいから。着てて。――その方が俺も落ち着くから」

遠慮して脱ごうとする芽衣を押し止めると、小さく本音をこぼす。
彼女に何がなんでも上着を脱がせないのは、その格好ゆえ。
すらりと手足の伸びた彼女は西洋寄りの体型だったから、あちらの格好を取り入れた社交ドレスはとてもよく似合っていた。
しかし如何せん、西洋のドレスはこの国の着物とは異なり、身体の線をはっきりとさせる形をしていた。
当然今の芽衣もそうで、普段はわからないその身体の線――特に上半身を如実に知らしめていた。
今までまるで興味がなかったというのに、それが芽衣だと思うと平然としてなどいられなくて、思わず自分の上着で隠してしまった。
このような欲を今まで抱いたことはなかったのに。
鹿鳴館でエスコートしていた時だって、そんなこと考えもしなかったのに。
一度意識してしまえば気にしないことなど出来なくて、無言でその手を引いて歩く。
そんな俺の葛藤など気づきもしない芽衣は、不思議そうに見上げながらも素直に従い、上着を羽織って手を引かれて歩いている。
早く着替えさせなければまずい。
彼女への想いを自覚するとともに、存外堪えがないことも自覚して、複雑な思いを春草は抱いた。

20190703
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