妬心

桃芽9

「桃介さん、この荷物は……わっ!」

荷ほどきをしている最中、彼の荷物の片付け場所を確認しようと振り返った瞬間、足元の荷物に躓いて傍にいた桃介さんにしがみつくように倒れこむ。

「大丈夫ですか?」
「す、すみません。足元の荷物の存在を忘れてました」
「あなたに怪我がなくて幸いでした。この荷物は私が片付けますので、芽衣さんはこちらをお願い出来ますか?」
「はい、わかりました」

私が体勢を立て直せたのを確認してから手を離した桃介さんに、ありがとうございますと頭を下げると、ふと昔のことを思い出す。

「桃介さんは細身ですけどガッチリしてますよね」

突然倒れこんできた私にもバランスを崩すこともなく、あっさり支えてくれた先程の振る舞いに、意外と筋肉質であることを知る。

「体調管理は気をつけるようにしていますので。……ところで芽衣さん、それはどなたと比べてでしょうか?」

にこり。普段通りの笑顔に、何やら背中がぞわりとして、何かまずいことを言ったかな?と焦るも原因がわからず、追及の笑みに素直に答える。

「えと、以前座敷で躓いて、春草さんに倒れこんじゃったことがあったんですが、ウエストがすごく細くて落ち込んだことがありまして……」
「ほう……菱田さんにですか」

もしかしたら私よりも細かったかもしれないと、再び思い出してダメージを受けていると引き寄せられて、そんなことはありませんよと囁かれる。

「ほら、私の腕の中にすっぽり隠れてしまうでしょう?」
「と、桃介さん……っ」

一気に縮まった距離に鼓動を高鳴らせるが、腕の拘束は緩むことがなく、眉を下げながら桃介さんを見る。

「恥ずかしいです……」
「私達は婚約者であり、婚儀の日取りも決まった仲でしょう? 恥ずかしがることなどありませんよ」
「それはそうなんですけど……」

確かに結婚後に住む新居で荷ほどきをするような仲とはいえ、いまだに彼を見つめてもときめく身としては動揺せずにはいられずに身を固まらせると、頬に触れる指先に肩を跳ねさせる。

「あなたは細身の男と、体幹の鍛えられた男と、どちらがお好みですか?」
「は?」
「あなたは先程、私と菱田さんを比べていたでしょう? ですからどちらがお好みだったのか、参考までにお伺いしようと思いまして」
「別に春草さんの腰にしがみついたのは事故で、故意に体格を確かめたわけじゃありませんよ?」
「ええ、わかっています。ですから参考までに、と言っています」

食い下がる桃介さんに、けれどもそんなことを考えたことなどないから、しばらく悩んで彼を見る。

「……桃介さん、もしかして怒ってますか?」
「怒ってはいませんよ。強いて言うなら妬いているんです」

さらっと言われた言葉を反芻して理解すると、え!?と慌てる。

「な、なんで……?」
「あなたは私以外の男に触れ、彼と私を比べた。つまり、無意識に比べたくなるこだわりがあると、そう思ったんです」
「こだわりなんてありません! というか、男の人を見比べるような真似をしょっちゅうしてなんかいませんから!」
「それは安心しました。ですが無意識とはいえ、菱田さんの体格を覚えていたということは、何かしら彼に思うところがあったのではないですか?」
「ですから、それは春草さんがあまりにも細くて、女として負けてる気がしたから……」

必死に言い募ると桃介さんが微笑んで、腰に回したままの腕に力をこめる。

「では、如何にあなたが華奢な女性か、私がお教えしましょう」

なんで?だの、どうやって?だの、浮かんだ疑問は口にする暇もなく奪われて、激しい口づけにくらくらする。
普段は冷静な振る舞いをする桃介さんだけど、キスの時には違くて、その情熱的な様にいつも翻弄されてしまう。
しかも今回は自分を刻むかのように、普段に増して激しくて、食べられると表現してもいいぐらいのキスに身体が支えられなくなる。
無意識に彼の胸元を手繰り寄せると、グッと腕が腰を支え、そのたくましさを感じさせられる。

「わかっていただけたでしょうか?」
「わかり、ました……」

考える余地も残されず、真っ白になった頭で息も絶え絶えに肯定すると、嬉しそうに綻んだ唇が再度問いを繰り返す。

「それで、あなたの好みをお聞きしても?」

そう問う桃介さんに、「私が好きなのは桃介さんなので、桃介さんの体格が好み?なんでしょうか?」と答えると、満足げな笑顔が再び降り落ちてきた。

20190601
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