夏の攻防

桃芽25

紅茶を淹れにキッチンへ来た桃介は深くため息をついた。
今日から夏休みなんですと嬉しそうに午前中にやって来た芽衣は、それは涼しげな洋装を身に纏っていた。
そう、ショートパンツとキャミソールという、明治の世から来た桃介にはあまりにも露出が多いと戸惑うその格好。
平成という現代ではそのような格好の婦女子が数多いることは分かっていたが、それでも自分の想い人ともなれば話は別だった。
およそ男の劣情を煽るであろうあの格好を、他の男たちに見せたくなどない。
あの姿を晒すことで卑猥な妄想でもされようものなら、その者をあらゆる手段で排除したい。
それは芽衣に関しては殊更心が狭いと自負している桃介でなくとも、恋人ならば当たり前の感情だろうと思う。
ただこの要求をそのまま彼女に突きつけるのは、自ら狭量であると知らしめるようでいただけない。
しばし思案すると、茶葉が蒸れたことを確認してカップへ注ぎ入れ、芽衣の待つリビングへ戻る。

「お待たせしました。この部屋はクーラーが効いているので温かいものにしましたが大丈夫ですか?」
「大丈夫です。すぐに汗もひくと思いますし」

そう微笑む芽衣をそうですかと見下ろすと、テーブルに紅茶を置いて隣に腰かけた。

「今日はまた涼しげな格好をされてますね。外はやはり暑いですか?」
「はい、猛暑だって天気予報で言うように、朝からもうすごく暑いです」

そう話す芽衣の首元は汗が光っていて、彼女の言葉を裏づけていた。

「そうですか。しかし、この部屋は快適な温度に保たれていますから、そのままでは寒いかもしれませんよ」
「そうしたらバスタオルを貸してもらえれば大丈夫です」

返答から彼女が羽織るものを持ってきていないことを悟ると、立ち上がって奥の部屋から普段着用のシャツを取ってくる。
学生である芽衣に合わせて、桃介もカジュアルなものを身に纏うことが増え、このシャツもまたそうして購入したものだった。

「ではこれをどうぞ。その上からでも違和はないと思いますよ」
「ありがとうございます」

受け取りながらもすぐに羽織る気配のない芽衣に、やはりこれでは無理かと先程思案したことを実行することにする。

「その格好はあなたのお気に入りのようですね」
「はい。この前、洋服屋さんで一目惚れして買ったんですけど、このフリルと生地の合わせが可愛くて」
「そうですね。確かにあなたによく似合っていると思いますよ。――ただ一つ、無防備な点を除いては、ですが」
「え?」

身を乗り出した桃介に、いきなり縮まった距離に芽衣が驚くが、気にせず目的を果たすために鎖骨の辺りに顔を寄せる。
この辺りか――。
場所を定めるとおもむろに肌に唇を添えて、少し強めに吸う。

「……っ、桃介さん?」

桃介の行動に驚き、戸惑いの視線を向ける芽衣に、先程の箇所を見つめて微笑む。
大きく開いた胸元に咲く紅い華。
見るものが見ればそれは所有権を誇示したものだと分かるものだった。

「何を……」
「確認しますか?」

そう言って手を取り洗面所へ促すと、映った己の姿に芽衣が唖然とする。

「これは?」
「鬱血痕……キスマークと言った方が分かりやすいでしょうか」
「は!?」

桃介の説明に芽衣は再び鏡を見ると、情報と照らし合わせて顔を染める。

「な……どうしてこんな……」
「先程の件ですが、確かにその服は可愛らしくあなた好みだと思いますが一点問題があります。なので改善していただきたい」
「改善って……?」

服とキスマークに何の繋がりがあるのか分からない芽衣に、洗面所に持ってきていたシャツを羽織らせると印が隠れる。

「この時代では珍しいものでないことは承知しています。ですがやはり肌を見せるのは私だけに留めてもらいたいのです」

自分だけなら構わないがと暗に伝えると、正しく理解したのだろう、芽衣が頬を染めて胸元の合わせめを手繰る。

「桃介さんにの方が恥ずかしいです……」
「おや? 他の男になら構わないと?」
「違います! そうじゃなくて、他の人のことなんて気にしてなかったので」
「ならば今後は気にしてください。それでも分かってくださらないのなら――」
「分かりました! 露出しないように気をつけます!」

不穏な空気を悟ったのだろう、慌てて言い募る芽衣に微笑むと、そっとその耳元に囁く。

「もちろん、私の前でだけならどんな格好でも構いませんよ。ただし私の理性があなたの卒業を待つという約束を守れるかは保証出来ませんが」

20200712
Index Menu ←Back Next→