バレンタイン

桃芽24

「桃介さん、どうぞ」

照れくさそうに差し出された箱を受け取り、桃介は幸せそうに微笑む。

「ありがとうございます。ふふ、そうして赤くなったあなたを食べたら、さぞかし美味しいでしょうね」
「……っ、どうぞチョコを食べてください」

本音をそのまま口にすれば赤らんだ頬はさらに色づいて、真っ赤な顔でチョコを促す彼女に、丁寧に包装を紐解く。
手渡された時点でこれが市販品ではなく、彼女からの手作りであることはわかっていた。
初めてバレンタインに貰ったときに、自分がチョコレエトを好んでいることを知っている彼女が、手渡す品を決めるまでにかなり悩んだことは聞いていたから、高価なものである必要はないことを伝えていた。
それはもちろん彼女がまだ学生であること、また自身でいくらでも見繕うことが出来るのだから、それを強いる必要がなかったからだが、やはりあげるのならば喜んで貰えるものをというのは贈り主の共通の願いらしい。
それは桃介にも理解出来るし、また自分のために彼女が悩んでくれるのも愛しいのだから、このバレンタインという行事は彼にとってとても好ましいものだった。

「これは……芽衣さんが作ってくれたんですよね?」
「はい。この前、有名なパティシエさんのチョコを家でも作れるとテレビでやっていたのでチャレンジしてみたんです」

真っ赤なハートのそれは、とある王室の御用達ショコラティエが作る有名なものと相違なく、感心しながら手に取るとそっと口へと運ぶ。
フランボワーズの香りとふくよかな味わいは絶妙で、口どけなめらかな様も桃介を驚かせた。

「とても美味しいです。あなたはチョコ作りも得意なんですね。毎日食べたいぐらいですよ」
「毎日はちょっと難しいですけど、喜んでもらえて良かったです」
桃介の目にかなったことに安堵した芽衣がほぅと安堵の吐息をつくのを見つめながら、内心で小さく苦笑する。
感想にこめた願いはやはり彼女には気づかれなかったらしい。
この世界に芽衣と共に来て、戸惑ったことはいくつもあるが、その最たるものが彼女が学生であるということだった。
明治の世とは違い、まだ成人しておらず親の庇護下にある芽衣を気安く家に招いたり、夜に連れ歩くことは出来ず、いつも定められた門限をきっちり守って送り届けていた。
それはいずれ彼女をもらい受けるために信頼を得ることが重要であり、またそのプロセスも大事であると考えたからだった。
どこか覚束なかったあの頃の芽衣は、記憶を喪失していたからであり、また突然タイムスリップしたことで本来の居場所を失っていたからでもあったのだが、この世界の彼女は確立された自身を持っており、年相応の姿を見せていた。
だからまずはこの世界の常識をインプットし、彼女に合わせた清らかな付き合いをしていたが、どこか焦れた思いが自身の中にあることも自覚していた。
刹那的に彼女のすべてを欲しいわけではない。
これは異邦人ゆえのものだと、自身の渇望に巻き込むつもりはなく、桃介はそれを芽衣に見せることはなかった。

「あなたからこうして受け取るのも今回までですね」

そう、今年短大を卒業する芽衣は、就職ではなく桃介と籍を入れることを選んでくれていた。
だからこれは、芽衣から受け取る最後のチョコだと伝えると、違いますよときょとんとした顔で否定された。

「確かバレンタインは好きな異性に想いを伝える行事だと思うのですが」
「確かにそうですけど、付き合っている恋人同士でもこうしてあげますし、もちろん結婚した夫婦でもあげたりするんですよ」

だから来年以降も彼女は桃介にチョコをくれるつもりなのだと聞いて微笑むと、あ、と芽衣が何かに気づいたように小さく呟いた後に頬を赤らめる。

「芽衣さん?」

どうしたのだろうと問うと、彼女は上目遣いにこちらを見上げて。

「綾月芽衣であげるのは最後だなって気づきました……」

そう照れくさそうに告げる芽衣に、気づくとその身を腕の中に抱き寄せていた。

「あなたという人は……」
―ー本当にどこまで俺を喜ばせるのか。 この日に桃介をただ一人の男とチョコを贈ってくれるだけでなく、さらなる喜びを与えてくれるのだ。 込み上げる愛しさを抑えるようにその髪に顔を埋めると、応えるように背に手が伸ばされて、抱き返す様に堪えきれずに口づける。
「ん……フランボワーズ……」
「あなたも食べますか? ただし私から口移しでですが」

そう告げるとさらに色づいた頬に微笑みながら、柔らかく唇を食んだ。

20200214
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