兄妹

桃芽23

「兄ですか?」
「はい」

目を見開いて驚く桃介に、以前考えたことを話して聞かせる。
見目の麗しさや洗練された立ち居振舞いはついつい視線が向くので、人混みの中でも彼はとても目立っていた。
気品があって、教養もある。妹としてはとても鼻が高いだろう。
きっと勉強も教えてくれるだろうし、宿題だって手伝ってくれるかもしれない。

「こんな素敵なお兄ちゃんがいたら意外とお兄ちゃんっ子になってたんじゃないかと。でも身内がこんな人だと、無駄に目が肥えて彼氏がなかなか作れないかもしれないな、なんて」

そう思ったことを口にすると、彼の眉間が寄せられて、ちらりと視線が向けられる。

「……あなたは私に兄のような関係を求めたいと? そのような特殊な趣向をお持ちとは気づきませんでした」
「いえいえ、違います! そんな趣向持ってませんから! ただ初めて塾に入る時に妹と偽ってしまったので、その後も何かにつけて持ち出されることがあったからつい……」

こんな兄がいたらどうだろう、と何気なく思っただけだった。
もちろん彼は兄ではなく、自分の恋人ーーさらに今では夫なのだから、こんなことを言っては不服なのだろう。
今更ながらにその事に気づいて、謝ろうと顔をあげると思いがけず彼が近くにいて、くっと言葉を飲んでしまった。

「桃介、さん?」
「……兄様でしょう?」
「!?」

近すぎる距離に背を反らそうとして、けれども一拍早く回された腕がそれを許してはくれなくて、否応なく美しい顔を見つめることになる。
吐息を感じるほどの近さに、しかし紡がれた言葉に芽衣は呆気にとられた。

「あなたが私の妹だというのなら、呼び方が違いますよ?」
「――っ、怒ってるんですか?」
「いいえ。可愛い『妹』の願いを叶えてあげようと思っただけです」
(絶対怒ってるじゃないですか……!)

細められた目と、薄くつり上げられた唇に、けれども抗議の声は唇を撫でる指先に封じられて、ゾクリと背が震える。
艶めいた眼差しはとても妹に向けられるものではなく、鼓動が忙しなく暴れだした。

「芽衣?」
「……ッ」

とどめとばかりに敬称なしで名を呼び捨てにされた瞬間、腰から力が抜けて、ヘタリと崩れ落ちかけた身体を抱き寄せられた。

「ごめんなさい、私が悪かったです! だからもう……っ」
「勉強を教えて欲しい、でしたか? ええ、構いませんよ。何を教えて欲しいですか?」

耳元の囁きがゾクリと背を震わせて思わず小さく声を漏らすと、動きが止まって。

「あなたという人は……本当に私を煽るのが上手すぎる」

煽るってなんですか、と問うことさえ出来ずに重ねられた唇は、とても妹にするようなキスではなく、深く激しく貪られてすっかり力が抜け落ちると抱き上げられて、運ばれたのは兄もとい桃介のベッドで。

「兄妹ごっこは終わりです。……いいですね?」

向けられた熱情に染まった瞳に、否など唱えられるはずもなく、彼の背に腕を伸ばすことで了承の意を伝えると艶やかな笑みにとろけさせられて。甘く、激しく囀ずらされたのだった。

20200213
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