「桃介さん」
呼びかけに振り返るも、呼びかけたはずの芽衣は何かを躊躇っているらしく、そのまま口をつぐんでしまう。
「芽衣さん? どうかしましたか?」
何かあっただろうかと先程までの遣り取りを思い返すが、別段彼女が言い淀むようなこともなかったと、言葉の続きを促す。
「その、これを……よかったらもらってください」
「手紙ですか?」
おずおずと差し出されたのは淡い色合いの手紙で、理由が分からず首を傾げると改めて彼女を見る。
「その、これはファンレターと言いますか……」
「ファンレター?」
「ええとですね、音二郎さんがファンの方からいただいた手紙に喜んでいたのを見て、私も桃介さんに渡したくなりまして」
たどたどしい説明に、けれどもその意図を読み解くと、にこりと微笑み手紙を受け取る。
「貴女から手紙をもらうのは初めてですね」
自分が彼女に贈り物をしても、同じく物で見返りを求めることはないので、手土産のあんパンなど以外は受け取ったことはなく、また手紙というのが奥ゆかしく、普段と違った趣も感じた。
「ではこれは、貴女から私への恋文と思っていいのでしょうか」
「恋文……!?」
確認を取ると慌てた芽衣が、けれども「そうか……そういう意味になるんだ」と小さく呟くのが聞こえて、恥ずかしげに上目遣いで窺ってくる。
「は、い。そうです。あ、でも、恋文のつもりじゃなかったのでおかしなところがあるかもしれません。筆も使いなれていないので、読みにくかったらすみません」
きっと衝動的に書いたのだろう、話すほどに浅はかさを悟ったのか小さくなっていく声に、封筒から出すと驚く彼女の前で文字を追う。
「いつもありがとう、大好き……ですか」
「と、桃介さん! ここで読むのは恥ずかしいです」
「でもこれは、貴女がくれた恋文でしょう? ならば今きちんと返事をしなくては」
にこりと微笑むと、一歩近寄りその耳元に囁く。
「私も貴女が大好きですよ。愛してます」
「!!」
思いの丈を隠すことなく告げれば、ボンッと一瞬でゆでダコのように赤く染まった芽衣を抱きしめようとすると、耳を押さえながら素早い動きで後ずさり。
「わ、私、片付けが残っているので!」
明らかな言い訳を残して脱兎のごとく店内に逃げ込んだ芽衣に肩を揺らすと、手の中の手紙を大切に胸元へしまう。
脳裏に浮かぶ手紙の文字。
たどたどしく、子どもの手習いのような字も、彼にとっては何よりも愛しいものでしかなく、一度目にしたその内容は繰り返し脳内で再生される。
「私も誰より貴女を愛してます」
手紙を入れた胸元に手を置くと、しばらく彼女の消えた先を見つめていた。