ハロウィン

桃芽19

「トリックオアトリート!」

ドアをノックすると、いつものようにどうぞと響いた室内からの声に、開口一番ハロウィンの決まり文句を口にすると、ぱちくりと驚いた表情を桃介さんが浮かべた。
そして一瞬の間の後に、「ああ」と納得したように頷くと立ち上がって、こちらへと歩いてくる。

「ハロウィン……確か欧米の習慣でしたか。貴女は本当に博識ですね。やはり海外経験がおありなんでしょうか」
「いえ、私がいたところではわりとメジャーなイベントだったので。それよりやっぱりこの時代では知られていないんですね」
「そうですね。鹿鳴館でハロウィンを真似た催しが行われるようですが、仮装の意義が見出だせなかったのでお断りしました」
「そ、そうですか」

桃介さんの言葉に身を縮こませると、チラリと自分の格好を見た。
黒とはいえ肩の出ているワンピースは、この時代では前衛的かもしれないと、今更ながらに後悔がよぎる。
いつも通りにスーツを着こなす桃介さんを前にすると、黒猫の耳やしっぽをつけた姿は一人浮いてしまっていた。

「お仕事中にすみません。あの、部屋に戻りますね」
「待って下さい。まだ返答を聞いていませんよ」
「へ?」
「トリックオアトリート……お菓子を差し上げなければ悪戯されるのだと記憶していますが」

確かに言うだけ言ってお菓子を持っているのか確認していなかったと彼を見ると「では悪戯をどうぞ」と微笑み促された。

「あいにくチョコレエトは先程食べてしまって、今手元にお菓子がないんです。なので悪戯をどうぞ」
「はあ……」

いつもチョコレートを常備している桃介さんがまさかないとは思っていなかったため、悪戯を想定してなく突然振られて困ってしまう。
けれども、それならいいですと覆すことも無理そうだと桃介さんの様子に考えると、それならばと失礼しますと脇に手を伸ばして思いっきりくすぐってみた。
この悪戯はどうやら想定外だったようで、もういいでしょうと両手を捕まれた時には笑顔の種類が変わっていて、マズイと思った瞬間「トリックオアトリート」と呟かれた。

「芽衣さんはお菓子をお持ちですか?」
「い、いえ」
「では、悪戯ですね」

にっこり。浮かんだ笑みは悪魔の笑みで、容赦なくくすぐり返されて、くすぐったさに身をよじる。

「も、ダメ……ですっ。あははっ」
「おや、悪戯は気のすむまでしていいはずですが?」

そんなルールないはずだと、言いたいけれどくすぐる手が止まらないため言い返せず、お腹が痛くなるほどに笑い続けて息も絶え絶えになった頃、ふと触れ方が変化したことに気がついた。
絶妙な力加減でくすぐっていた手が、今は肌を撫でるように触れていて、「ん……っ」とこぼれた声に、一瞬動きを止めた桃介さんが「こちらへ」と耳元で囁く。
彼が指し示すのは夫婦の寝室で、この後に起こる出来事を想像して顔を赤らめると、抵抗を諦め大人しく運ばれるのだった。

20191101
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