戯れでも

桃芽18

「じゃあ、質問にすべて『いいえ』で答えてくださいね」
「わかりました」

頷くと、彼女の望むがままに他愛ない言葉遊びに興じる。 会うや芽衣が口にしたのは、すべて『いいえ』と否定し続けるという遊び。
学校で流行っているというそれは、相手に「はい」と言わせられるかを目的としているのだろうと意図を推論する。

「桃介さんは学生ですか?」
「いいえ」
「珈琲が好きですか?」
「いいえ」
「牛肉は好きですか?」
「いいえ」

まずは相手が素直に『いいえ』と繰り返せる質問を並べるのだろう、間髪入れない問いにスラスラ答えると、5問目を過ぎたところで様相が変わった。

「チョコレートが好きですか?」
「いいえ」
「電気に興味がありますか?」
「いいえ」

通常ならば『はい』と答える質問に、けれども最初の決め事通りに『いいえ』を繰り返すと、何とか『はい』と言わせようと芽衣が質問を重ねる。

「鴎外さんを知ってますか?」
「いいえ」
「音二郎さんと話したことがありますか?」
「いいえ」

引っかけようと出てくる知己の名に、けれども淀みなく『いいえ』を繰り返すと芽衣がむきになって。

「桃介さんは私のことを好きですか?」

告げられた質問に口をつぐむと、「それには答えられません」と彼女を見る。

「たとえ嘘でも『いいえ』とは言えません。それは貴女を嫌いと言うのと同意ですから」
「……っ!」

他愛ない言葉遊びだとわかっていても、それでもこの質問には『いいえ』とは言えないと告げると、芽衣が目を泳がせて。
ごめんなさい、と素直に謝る。

「たとえ遊びでも、こんな試すようなこと言ってはいけなかったですよね。ごめんなさい、桃介さん。それと、ありがとうございます」

上目遣いに照れたように笑う芽衣に手を伸ばすと、指先で頬の輪郭をなぞるように撫でながらにこりと微笑む。

「では、今度は貴女が答えてください。ああ、質問にはすべて『はい』でお願いします」
「『いいえ』じゃなくて、ですか?」
「ええ」

ほんの少しのルール変更に、芽衣は不思議そうに確認すると、わかりましたと頷くのを見て問いを口にする。

「貴女に触れてもいいですか?」
「え?」
「強く抱きしめて、ずっと愛を囁きたいのですが」
「桃介さん!?」
「質問には『はい』で答える約束ですよ」

質問とは呼べない言葉の数々に顔を赤らめ焦る芽衣を見ながら微笑みを深めると、「さあ、続けましょうか?」と戯れを甘い時間に導くべく言葉遊びを連ねた。

20190930
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