髪を惜しむ

桃芽16

転入初日に着替えを見られてしまい、秘密が露見してしまった芽衣。
しかし、この学校の理事長でもあった桃介は、学校側の確認不足が原因だと、一度入学を認めたものを撤回することはないとして、彼女が在籍することを許可してくれた。
目下の悩みだった個別更衣室も設置され、授業内容も個人能力に応じた配慮がなされるなど、芽衣にとってはありがたい処置がなされ、また生徒会のメンバーにも事情が説明されF11の新規メンバーとして迎え入れられてからは、他の生徒から絡まれることもなく安心して学校生活を送れていた。
今日もいつものように放課後に生徒会業務の手伝いを行った後に、理事長室へと足を運ぶ。
学生と理事長の二足のわらじどころか、株取引なども行っているという桃介はいつも忙しそうで、最近は理事長の仕事に追われている彼を手伝う……というよりはなかなか2人での時間を作れない彼の希望で訪れていた。
執務をこなしていた桃介は彼女を確認するとその手を止めて紅茶を淹れてくれ、そのまま横に座るとふと視線を向けた。

「そういえば髪を切られたんですね。以前は長かったと記憶してますが」

桃介の指摘に、芽衣は首もとに手をやると、軽くなった感触に苦笑する。桃介と初めて出会った時は、肩より少し長いぐらいの髪で、左右の耳から後ろにひとつにまとめたハーフアップの髪型を好んでしていた。

「男として過ごすのに長いままだと怪しまれると思って切りました」
「そうですか……。すみません、女性にとって髪は大切なものだというのに、このような真似をさせてしまうなど、やはりあの時に名乗るべきでした」
桃介が悔やんでいるのは、二人が初めて出会った時のこと。
家庭の事情で一週間ろくに食べることも出来ず、ついに公園で力尽きた時に偶然通りかかった桃介が牛丼をご馳走してくれたのだった。
あの時はとにかく空腹で、好物の牛丼を目の前に食べることに必死で、名前を確認することもごちそうさまと礼を述べることも出来なかった。
だからどうしてもお礼を伝えたいと、朧に記憶していた鹿鳴館高校の校章を頼りに、性別を偽り編入試験を受け、男装して転入したのだった。

「い、いえ! 私が食べることに必死で、きちんとあの場でお礼を言えなかったのが悪いんです。男子校に転入を決めたのも自分の意志ですし、それに短い髪も洗いやすいし乾きやすいので、案外悪くないって思ってます」
「確かにその髪型もお似合いだとは思いますが、あの時のあなたの髪型もとてもよく似合っていたと思います」
「……!」

さらりと、髪をすくう手にドクドクと鼓動が高鳴ると端整な顔が近づき、恭しく一房に口づけられる。

「と、桃介先輩っ!?」
「すみません、惜しいと思ったらつい触れてしまいました」
(触れてしまいましたって……!)

にこりと微笑む桃介に、芽衣の鼓動は跳ね上がる一方で顔を赤らめると、その手から髪が逃げて。

「――もっと触れてもいいですか?」

頬へ移動した指先に撫でられ、見つめられて。高鳴る鼓動のままに小さく頷くと気配が近くなって、唇に触れたぬくもりにきゅっと目を閉じた。

20190928
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