好きなもの

桃芽15

桃介さんを思い浮かべて、始めに浮かぶのはチョコレート。
彼のポケットから無限のように取り出され、ポップコーンのように消化されていく様は、スイーツ好きな私でも合間に漬物をはさみたくなるほどで、特にあの頃は風月堂のものが好みのようだった。
次いで浮かぶのは電気。
まだ電気の普及について懐疑的な人が少なくなかった明治の世では、バテレンの妖術などと言われなかなか理解が進まなかったが、それでも安く普及出来る仕組みを一生懸命に考え、そのために奔走していた。
今、この平成の世が眩い光に溢れているのは、あの時代に桃介さんが作った光が受け継がれたから。
タイムスリップしたときには文字通り、ギラッギラの光に溢れた世界に言葉を失っていた。

そして今、私が手にしている果物。
以前も旬になると食卓にのぼることはあったが、こうして目にすると思わず手に取ってしまうようになったのは、間違いなく彼と出会ってからだった。
桃介さんの好物というわけでもないそれと、彼を結びつけてしまうのはその名前。
「桃介」と、彼の名前の一文字に使われているというだけで、私にとっては特別な果物になってしまい、桃そのものはもちろん、桃が使われているスイーツなどもつい手に取ってしまうため、彼は私が桃が好きなのだと思ったようだが、それを説明するのは恥ずかしくて、誤解をそのままにしていた。
だから目の前に並んだ桃をふんだんに使ったスイーツの数々に困惑してしまう。
桃は嫌いじゃないし、口にする機会も増えていたから好きだと言ってもいい気もしていたが、こうも桃尽くしを前にするとため息をつきたくなってしまうところから、やはり牛肉のレベルまでは達していなかったらしい。

「どうぞ遠慮なく食べてください」
「……はい」

にこやかに勧める彼の元には紅茶とチョコレートケーキが並んでいて、揺るぎない組み合わせに意を決するとフォークを手にする。
まずは桃をふんだんに使ったケーキ。クリームまで桃味で、まさに桃好きのためのケーキだ。
次はムース。これも申し訳程度にクリームが添えられているだけで、桃がここぞと主張してくる。
合間にピーチティーを飲んで、今度はコンポート。定番とも言えるそれは上品な甘さで、きっとこれ単品なら美味しいと舌鼓をうっただろう。
最後の〆は桃ゼリー。
これを食べればコンプリートだとスプーンを構えた瞬間、「芽衣さん」と名前を呼ばれて彼を見る。

「最近、桃のスイーツを口にしていることが多かったのでお好きなのかと思ったんですが、どうやら違ったようですね」
「……え!? 別に嫌いじゃないですよ?」
「いえ、明らかに牛肉の時とは反応が違います」
「………………」

そう言われては否定も出来ずに口をつぐむと、紅茶とゼリーが交換される。

「桃介さん?」
「これは私が食べますよ。芽衣さんはどうぞ口休めをしてください。ですが一つ、お答え願えますか?」
「何をですか?」
「あなたが桃のスイーツを選んでいた理由です」

ズバリと確信をつかれて目を泳がせる。
別に隠すような理由ではないのに何となく気恥ずかしくて逡巡するが、答えを得るまで彼が引くことがないことは知っているので降参する。

「桃は桃介さんだから、です」
「私……ですか?」
「はい」

目を丸くするとその答えを噛み砕いて、意味を正しく理解した瞬間彼の口元に笑みが浮かぶ。

「ふふ、あなたがそのような理由で桃を手にしていたとは思いませんでした」
「~~っ」

白状してからそれが桃介を好きだと告白しているのと同意だと気づいて、たまらなく恥ずかしくなる。
子どもっぽいと呆れられてしまうかと、上目遣いに反応を確かめるも、浮かんでいるのは笑みだけで、おずおずと尋ねる。

「馬鹿らしいと呆れちゃいました?」
「いいえ。嬉しくて一瞬意識が飛んでしまいました」

それは嘘だろうと突っ込もうとするも、彼が本当に幸せそうに笑っていたから言葉を飲み込む。

「芽衣さん、この後の予定を変更しても構いませんか?」
「はい、大丈夫ですけど」

当初はこの後桃狩りの予定だったと記憶していたが、にわかの桃好きだとバレてしまったので変更に問題はなかった。
紅茶で口をリセットすると、当然のように支払いを済ませる彼にお礼を述べて店を出る。

「芽衣さんが普段買い物をされているのは、自宅傍のショッピングモールでしたね?」
「はい」
「ではそこに行きましょう」

突然の提案に彼の意図がわからず、自然と繋がれた手に隣を歩きながらその意を問う。

「あなたは私の好んでいるものを理解して下さっていますが、私はまだ勉強不足なのでよければあなたの好んでいるものを教えて欲しいんです」
「私の好きなもの、ですか?」 「ええ。牛肉へのただならぬ愛情はもちろん理解していますが、それ以外にもたとえば普段使いされる小物など、どのような物を好まれるのか知りたいんです」

チョコレート、電気と彼に結びつけるものを私が思い浮かべるのと同様に、彼もまた知りたいのだと言われれば断ることなんて出来なくて、むしろ嬉しくなってしまうから。
絡められた指先を握り返すと微笑んで、目の前に広がる淡い色彩に、彼を映した何かを買いたいなとふと思った。

20190810
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