甘い熱

桃芽14

僅かに眉が歪んで指先に力が入ると唇が離れて、途端に入ってきた酸素を大きく吸い込む。

「また息を止めてましたね」
「だって……」

苦しいのは息を止めてしまうからだと、初めてキスをした時に教えられたが、やはりうまく呼吸が出来なくて苦しいと桃介さんに訴えてしまう。
彼は呼吸一つ乱さず、いつも通りに余裕たっぷりで、こうしたところでも大人だなと自分との違いを感じてしまう。
桃介さんとキスするとドキドキしてしまって頭が真っ白になって、ただ与えられる熱を受け止めるのに必死で。
だから途中で酸素不足の金魚のように喘いでしまい、こうして苦笑されてしまっていた。
そんな時に改めて桃介さんとの違いを感じてしまって、本当に私でいいんだろうかと考えてしまう。
音二郎さんが艶聞に事欠かないと言っていたように、桃介さんはかなりモテるのだろう。
見目麗しく、財もあるとなればそれも当然で、だからこそ彼は私でいいんだろうかと考えてしまうのだ。

記憶の大半を失くし、寄る辺は神楽坂の置屋の優しい女将さんやお姐さん達だけ。
私が出来ることなんて桃介さんの歩む道を共に歩くだけ。
電気への理解は明治の人よりあるけれど、それは平成の世では当たり前だったからこそ。
それだって彼を助けるような知識を持ってはいなくて、ただ電気はこの先必要であり、必ず広まると断言出来るだけだった。

けれども桃介さんは私を求めてくれた。
ずっと傍にいて欲しいと、離さないとこの世界に繋ぎ止めてくれた。
だから私は私のすべてで彼を支えていきたいと、そう思っていた。

キスも上手に応えられないけれど、桃介さんに触れられるのは嫌いじゃないから。
そんな思いを込めて顔を上げると、少し背伸びをして彼の唇に触れる。
ビクッと震えた身体に驚かせてしまったかと、浮いた踵を下ろそうとした瞬間抱き寄せられて、貪るような深いキスにあっという間に飲まれてしまう。
最近は不慣れな私に合わせて軽いキスが多かったのに、初めての時のように少し強めに重ねられて、吐息ごと封じ込められる。
桃介さんを表すなら冷静沈着な大人。
けれどもキスの時には違って、情熱的に求めてくれる。
そんな隠れた一面に翻弄されて、再び意識が白く染まる。
無意識に逃げる身体は背に回された腕に支えられて、上から被さるように口づけられればすがることしか出来ない。
じんと痺れを感じて、苦しくて、でも離して欲しくはなくて。
そんな思いで手繰った彼の胸元に、背に回された腕の力がさらに強まって、どこまでも熱く甘いキスは私が息苦しさに喘ぐまで続けられた。

20190804
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