誕生日

桃芽13

「誕生日、ですか?」

彼女からの問いに目を丸くすると、記憶を探り該当する日を導き出す。

「確か今月の25日だったと思います」
「今月!? というか、25日ってもうすぐじゃないですか!」

桃介の答えにあまりにも慌てる様子に、どうしてだろうと疑問を持つと、それを解消するべく質問する。彼女いわく、誕生日にはケーキやご馳走を用意して親しい者でお祝いするものらしく、慌てる理由がわかると続いて沸き上がった喜びにくすぐったくて笑みがこぼれる。
つまり彼女が慌てる理由は、桃介の誕生日を祝ってくれようとするが故なのだ。嬉しくないわけがない。

「牛肉は外せないとして、ケーキってこの時代にあるのかな?」
「ケーキ、ですか? ニューヨークに行ったときに、クリームの乗った菓子を見たことがありますが……」
「それです! どこに売ってますか?」
「日本で取り扱っている店はまだなかったと思います」

チョコレートもまだ珍しいこの時代にやはりケーキは難しいとわかると肩を落とした芽衣に、桃介は微笑み彼女を見る。

「芽衣さん。誕生日はお祝いをする日なのでしょう? それならあなたがいてくださるだけで私は満足です。が、もしもそれでは不十分だと仰るなら、一日私にお付き合い願えませんか?」
「はい。だったら女将さんにお願いしてみますね」
「いえ、女将には私の方から話しておきます」

否を答えることもないだろうが、少しでも彼女に不利益になることは避けたい。自分が申し出れば、仕事として女将が断ることはないと分かっているから、堂々と彼女を独占することを決めると、さらにその日の算段をする。
名分を手に彼女を一日独占出来るなど、誕生日とはなんて素晴らしいのだろう。
個人の誕生日を祝う習慣は外国のもので、この国では正月に等しく年をとるため聞き慣れないものだが、それでも自分が生を受けたことを喜んで貰えることがこんなにも嬉しいものだと感じるのは彼女だから。
他の誰に祝われてもここまで感情を揺さぶられることはないだろうと、満たされた思いに一度目を伏せると、彼女に手を差し出し微笑む。
誕生日がご馳走を食べる日なのなら、彼女の好きな牛肉料理を食べるのもいいかもしれない。自分の好物ではないが、彼女が美味しそうに食べる姿を見るだけで幸せになれるのだから、それこそが自分にとってのご馳走とも言えた。
当日のデートプランを練りながら、満たされた思いに口元が緩むのを抑えきれず、笑みをこぼさずにはいられなかった。

2019誕生日創作
Index Menu ←Back Next→