花言葉

桃芽12

「あ」

小さな呟きと共に身を屈めた彼女を見ると、その視線の先には小さな花。

「ああ、撫子ですね」
「これ、撫子なんですか? 私が知っているのとは違ったのでわからなかったです。可愛い花ですね」

目尻を下げて愛しげに花を見つめる姿は可愛らしく、桃介の視線は自然と花ではなく彼女に向かう。

「撫子なら「無邪気」とか「純愛」ですね」
「? それはどういう意味ですか?」
「撫子の花言葉です。あ、この頃はまだ花言葉ってないのかな?」

後半部分は自問自答しているようで小声だったが、しっかり聞き取った桃介は、ああと微笑む。

「ルーイスダルクの『新式泰西礼法』でしょうか? 確か一節に花に関する記述がありましたが、それをご存知とは芽衣さんは博識ですね」
「い、いえいえ、違います! そんな大層なことじゃなくて、私のいた所ではわりとメジャーで、女の子に人気だったんです」

ブンブンと慌てて否定する様に、確かに西洋から流れてきたこの花言葉は女性に人気だったようなので、彼女の言うことにも一理あると頷いた。

「無邪気に純愛、ですか。撫子の外観に添った意味合いですね」
「同じ花でも色によって意味がまた変わったりするんですよ。白は確か、「器用」「才能」だったと思います」
「色によっても意味が変わるんですか。花言葉も奥深いものですね」

そんな何気ない会話に、ふと頭によぎった花を意識の奥に留めると、立ち上がった彼女の手を取り並んで歩く。
彼女にはまだ結婚式について詳しくは話していないが、桃介は西洋式で行うことを考えていた。
彼女のいた未来の世界では洋装が当たり前だったようで、彼が贈ったワンピースもすらりと手足の伸びた西洋寄りの体型の彼女によく似合っていた。
だからきっと西洋式のウェディングドレスはとても彼女に似合うだろうと、ひそかに取り寄せていたのだ。
川越町では身内の披露も兼ねて和装での式を、こちらでは親しい者たちを招いて西洋式を。
そう考えていた桃介は、さらに先程の花言葉を組み込むことを決める。

(彼女に贈るのならば……)

思考を巡らせ、候補を並べてより彼女に合う花をと考える。見た目はもちろん、そこに花言葉も加わるとなれば、なかなか簡単には決められないが、彼女に贈るに相応しい花となれば妥協など出来るはずもない。
こんなふうに思いを馳せることさえ楽しくて自然と口元が緩むと、「桃介さん?」と不思議そうに見上げる彼女に、「なんでもありませんよ」と微笑んで、その疑問を牛鍋で反らして流してしまう。

(まだもう少し、秘密にさせてください)

誰よりも幸せな花嫁に。譲れない思いに再度意識を向けると、より詳しく花言葉を調べようと意識に刻むのだった。

201906022
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