君を、愛するから、共に

桃芽1

友達、家族。学校に最寄りの駅、そこにある本屋。好きな本に音楽、映画――あらゆる情報が一気に押し寄せて、空っぽだった記憶を埋めていく。
それらに思いを馳せて、浮かんだのは懐かしさ。

(やっぱり帰らなくちゃいけない)

自然とそう思った。それが正解だと、その時は思ったけれど。

(違う……私は……)

元の世界に戻ってきて、元の生活に戻って。なのに私の心はずっと遠いあの明治に残ったままだった。
愛してると、そう包み込んで告げてくれたあの人と別れて、帰ることを選んだのは自分なのに。
記憶が色褪せてしまうことに怯え、繰り返しあの日々を思い返す。
あの人の温もり、声、頬に触れた髪の感触と――吐息。

(ああ、私はバカだ……っ)

こんなに後悔するのなら、なぜその手を振り払ってまで戻ってきたのか。
女を金で買う男だと軽蔑されても構わないと、そんなことを彼に言わせて、傷つけて。
それでも私の向かう場所が少しでも明るくあるようにと願ってくれた優しいあの人を置き去りにしてしまった。

あの人が願ってくれたように、今私の回りは光に溢れている。
きっと明治の世で見たように、今も夜空には満天の星が煌めいているのだろうけど、その光を消してしまうほどにこの世界は光が溢れていた。
なのに、私の心はあの上野のイルミネーションを求めていた。桃介さんが灯したあの光を。

『どうかそのまま……私の心も持っていってください。せめて心だけは……』

耳元でそう乞われたけど、実際は私の心は桃介さんの元にあった。
でもそれじゃ彼には触れられない。あの瞳に姿を映すことも、言葉を交わすことも、何一つ叶いはしないのだから。
今日もベッドにうつ伏せて、声を殺して一人泣く。
――全てがもう終わってしまったことだった。

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