君を、愛するから、共に

桃芽1

「芽衣……!」

翌日、桃介さんが用意してくれた着物に着替えて呉服屋を訪れた後(この着物だけでいいと言ったのに、それはあくまで代用品だと譲らない桃介さんになかば押し切られて他をいくつか見繕わされた)、神楽坂に連れていってもらった私は、置屋でお姐さんーーもとい音二郎さんに頭を下げた。

「沢山お世話になっておきながら手紙ひとつで姿を消してすみませんでした」

「お前……無事だったんだな。岩崎から郷里に戻ったって聞いてはいたが、もしや囲われたんじゃないかって心配してたんだよ」

「おや、そんな疑いをかけられていたんですか。心外ですね。そうするならきちんと段を踏みますよ」

「お前のその執着ぶりが信用ならなかったんだよ。だが、郷里に戻ったはずのお前がなんでまた岩崎と一緒にいるんだ? まさかやっぱり……」

「ち、ちがいます! 本当に帰ったんです。帰ったんですけど、その……桃介さんに会いたくて戻ってきちゃいました……」

桃介さんに突っかかっていきそうな音二郎さんに慌てて事情を説明すると、はぁとため息をつかれて、ぽんぽんと頭を撫でられる。

「……お前、今幸せか?」
「……はい」
「だったら俺がどうこう言うこたぁねえよ。男と女の仲なんざ、他がどうこう言うものでもねえ。それに、こいつがお前に存外本気だってのも知ってるしな」
「え?」

音二郎さんの言葉に顔を上げるとニッと微笑まれて、がしがしと先程とは違って荒々しく頭を撫でられる。

「泣かされたらいつでも来いよ。お前一人ぐらい支える甲斐性はあるからな」

「君に面倒をかけるようなことはありませんから心配無用です。彼女は私が守ります」

「おーおー独占欲が強すぎると逃げられるぞ?」

「それこそいらぬ心配ですよ」

二人の応酬に口を挟めず見守っていると、女将と話してきますと桃介さんが部屋を出ていく。
音二郎さんと二人きりになったのを機に、改めて私は頭を下げるとお礼を告げた。

「音二郎さん、本当にお世話になりました。何も恩返し出来なくて心苦しいですが、もしも私に出来ることがあったらいつでも呼んでください。音二郎さんには感謝してもしきれませんから」

「そんな簡単に自分を売るようなこと言うんじゃねえよ。あいつに怒られるぞ?」

「あ……」

似たようなやり取りが過去に桃介さんとあったことを思い出して口をつぐむとフッと笑われて、優しい瞳が向けられる。

「お前が幸せならそれで十分だ。あいつを頼んだぜ」
「……はい。ありがとうございます」

もう一度深く頭を下げながら、眦に浮かんでくる涙をやり過ごす。
突然この世界に飛ばされて、右も左もわからない私を拾い、助けてくれた音二郎さん。
彼がいなければきっとこんなふうに桃介さんと未来を共にすることも叶わなかっただろう。
いつまでも顔を上げない私を訝しみ、覗きこんだ彼に呆れられながら袂から出した布巾で顔を拭われ、そんな光景を見た桃介さんが不貞腐れるのはこの後のことだった。

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