愛しき君に

平千2

目を覚ますと、千鶴の顔が一番に目に入る。
そんな日常が当たり前となったことに、平助は口元を綻ばせる。
新選組を離れた二人は、千鶴の故郷である雪村の里でひっそりと暮らしていた。

千鶴の膝の上からそっと身を起こすと、眠っている彼女を起こさないように気をつけながら、自分の膝の上へと寝せる。
風間に教えられたとおり、鋼道が変若水を薄めるのに使ったというこの地の水や風土は、羅刹の身体に良い影響を与えるようで、今では発作もほとんどなく、こうして日中木陰で昼寝まで出来るようになっていた。

もう陽の下を歩くことはないのだろうと、羅刹になったあの日思ったことが覆され、 まるで「生きて」いた頃のように陽を浴びれる。
千鶴と同じように朝起きて夜眠る……そのことが嬉しくて、 千鶴の手が空いていない時は、よくこうして一人で外を出歩いては、心地良いまどろみを楽しんでいた。
そんな平助を見つけだして、そっと膝枕をしてくれるのが千鶴の日課。
そして一緒になって眠ってしまうのも、いつものことだった。

手を伸ばし、寝ている千鶴の髪をそっと撫でる。
柔らかくて気持ちいい、そんな彼女そのままの感触に自然と顔に笑みが浮かぶ。
いい夢でも見ているのか、千鶴はとても幸せそうな顔で眠っていた。

「俺さ、お前とこうしていられるのが夢なんじゃないかって、そう思う時があるんだ」
語りかけるように一人、胸の想いを呟く。

「以前はさ、お前の傍にはいつも誰かがいて、他の奴らがお前に手をさしのべてて。それがすごく悔しかったんだ」

原田のように、千鶴の些細な機微にも気づけず。
土方のように、安心を与えることも出来ず。
沖田のように、気軽に手を伸ばすことも、もちろん出来ず。

「新八っつぁんのこと、馬鹿に出来ねぇぐらい、俺も何もしてやれなかったからさ」

迷いから新選組を離れ……羅刹になり。
人でなくなった平助にはもう、千鶴を求めるなんて出来ようもなくなった。
それでも、千鶴は選んでくれた。
自暴自棄になっていた平助の目を覚まし、一緒に生きたいと言ってくれた。
だから――。

「俺はお前といなきゃ生きられない。この気持ちは譲れない。譲らない」

だから。

「俺はお前の傍にいるよ。陽が落ちても、月が昇っても」

ずっと、ずっと。

「いつか別れる日が来ても、それでもお前の傍に居続けるから」

誓い、そっと瞼に口づけを落とす。
悲しくはない。長く生きられるのならもっと生き続けたいとは思うけれど、この身体だからこそ千鶴を守れたのなら後悔なんてない。
だから、最後の時までずっと千鶴の傍にいて、この身が滅んだ後も、彼女を包み続ける。
愛しくて、かけがえのない彼女を。
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