可愛いね、と言いたい

平千1

言おうと口を開いてはタイミングをつかめず、平助はもどかしげに忙しく動き回る千鶴を見つめていた。
ぴょこぴょこと、彼女が動くたびに揺れる高く結い上げられた髪。
それは男所帯である新選組の中で、女であることを隠すために結っていたものだが、こうして新選組を離れた今も、千鶴は袴姿の男装を続けていた。
どうやら5年も男装を強いられてきた千鶴はすっかりその姿に馴染んでしまったようで、今では当然のように袴を着用していた。
しかし屯所にいる頃からずっと、千鶴を元の女の姿に戻してやりたいと思っていた平助は、そのことに大いに焦っていた。

「はい、平助君」
「あ、ありがと」
差し出されたお茶に、千鶴が傍に来たことにも気づかないほど思い悩んでいたのかと、驚きつつ受け取る。

「あ、あのさ」
「はい?」

思い切って話を切り出すも、無垢な瞳に言葉に詰まる。
千鶴が望んでやっているのに口を出すのは干渉しすぎか!? と、ぐるぐると惑いが渦巻いた。

「どうしたの? 平助君。何かあった?」

「えっと、その……お、お前さ、女物の着物って着ないのか?」

「女物の着物?」

「い、いや、だって、お前、ここに着てからもずっとその格好だろ?」
平助の言葉に瞳を瞬かせた千鶴は、改めて自分の姿を見て苦笑した。

「そういえばもうこの姿でいる必要はないんだものね」

わずかに混ざった寂しげな響き。
始めは一方的に監禁されている状態だった千鶴も、いつしか新選組へ情を抱くようになっていた。
そんな彼らと別れたことは、平助同様寂しさを感じるのだろう。
そんな千鶴を抱き寄せると、まっすぐにその瞳を見つめた。

「平助くん?」
「俺さ、前に言っただろ? いつかお前の晴れ着姿がみたいって。――俺だけのために着てくれないか?」
平助の顔は真剣そのもので。
いつかの約束を思い出し、千鶴はふわりと微笑んだ。

「うん。平助くんが望んでくれるならいつでも……って言いたいけど、ここにはないから」

「あ~~~! そうだった~!!」

千鶴の呟きに、今更ながらの事実に気づく。
着なかったのではない、着る着物がなかったのだ。

「今すぐ買いに行こう!」
「ええっ!?」
立ち上がり、手を引く平助に千鶴が慌てる。

「俺、もらった給金持ってるから大丈夫だから!」

「そ、それより、一度江戸に戻って持ってくれば……」

「そんなのとっくに虫に食われちまってるよ! いいから!」

確かに千鶴はずっと新選組と行動を共にしていたため、着物は日干しもされぬままずっと箪笥にしまわれたままだった。

「で、でも、少しぐらいは大丈夫なものも……」

「あ~! 取りに帰りたいものがあったら、今度付き合ってやるから。今日は買いに行こうぜ!」

今すぐにでも女物の着物を纏わせたい――そう言わんばかりの平助の態度に、千鶴はふわっと微笑み頷いた。

「うん。平助くんが見立ててくれる?」
「ああ! 俺がお前に一番似合う着物を見つけてやるからな!」
しっかりと手を握って振り返った平助に、千鶴はこの上もない幸せをかみしめるのだった。
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