いてくれてありがとう

斎千9

「……一さん!?」
千鶴の焦った声が響く。
どうしてそのような声をあげている?
浮かんだ疑問は、しかし問うことはできずに意識は闇へと沈んでいった。

* *

――ひやり。
額に感じた冷たさに目を覚ますと、千鶴の姿が目に入った。

「良かった。気がつかれたんですね」
「千鶴……?」
「一さんはお帰りになられてすぐ倒れられたんです」
「俺が倒れた?」
驚き帰宅時の様子を思い出そうとするが、確かに記憶が曖昧だった。

「きっと疲れがたまっていたんだと思います。今夜はゆっくりお休みくださいね」
「ああ。……心配かけてすまぬ」
申し訳なさそうに目を伏せた斎藤に、千鶴は緩やかに首を振って微笑んだ。

「以前と逆ですね」
「? ……ああ。そういえばそうだな」

それはまだ新選組として京にいた頃のこと。
日頃の疲れが出たのか、千鶴が高熱を出して伏せったことがあった。
その頃、伊東派の動きを探るために新選組を出ていた斎藤は、深夜報告に訪れた土方の部屋でそのことを聞いた。

『ちょっと見てやってくれねえか』

土方にそう頼まれ、向かった千鶴の部屋。
そこでは一人苦しげに眠る千鶴の姿があった。
慌てて桶に井戸水を汲んで額を冷やしてやると、目を覚ました千鶴は嬉しそうに微笑んだ。

『すごく幸せな夢です。こんな風に屯所で斎藤さんにまた会えるなんて』

傍にいることを喜ぶ千鶴に、しかし屯所に戻っていたことを教えるわけにもいかず。
熱に浮かされた夢だと誤認させたまま、斎藤は朝日が昇る頃まで看病していた。

「あの時、本当に嬉しかったんです。一さんが傍にいないことがとても寂しかったから……」
「千鶴……」
思い出したのか寂しげに微笑む千鶴に、斎藤がそっと手を伸ばす。

「手を……握ってくれるか」
「……はい!」
それはあの時と同じ、優しい斎藤の気遣い。
差し出された骨ばった手を取ると、普段よりも高い体温が伝わってきた。

「――落ち着くものだな。人のぬくもりがこれほど落ち着けるとは知らなかった。いや、お前だからなのかもしれぬ」
「一さん……」
穏やかに微笑む斎藤に、千鶴は愛しげにその髪を撫でる。

「ずっとお傍にいますから……ゆっくりお休みくださいね」
「ああ。ありがとう、千鶴……」
額の布を冷やし直しながら、ずっとその手を握り続けた。
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